30のお題 No11「デスマッチ」

 とある大会場の控え室。
「…………」
 ウォーミングアップを終えてコスチュームに着替えた村上千秋は、珍しく神妙な面持ちでイスに身を沈め、これから迎える試合に思いを馳せていた。
ガチャ
「おーい千秋、準備終わったか?」
「千春…」
 双子の妹とは違い、全く普段と変わらない様子で部屋に入って来た村上千春は、千秋の様子を見て怪訝そうな表情を見せた。
「なんだ、調子でもわりーのか?」
「いや。ただ今夜の試合のこと考えるとよ…」
「試合?」
 今夜これから、村上姉妹は4チームで争われるタッグ王座戦に出場することになっている。
「なんだよ、久しぶりにベルト巻けるチャンスじゃねーか。なに沈んでんだよ?」
「ベルトねえ…」
 千秋が沈んでいる理由は、このベルトを巡る戦いが、最近はすっかり様変わりしてしまったことにある。

 始まりは半年ほど前、めぐちぐと村上姉妹の戦いを軸にして争われていたタッグ王座戦線に、フリーのガルム小鳥遊とグリズリー山本が参入してきたことから始まった。
 長年インディー団体を渡り歩いてきた彼女達は、そこで身につけたハードコア殺法と、トレードマークになっていた折畳式の簡易テーブルをリングに持ち込み、次々と対戦相手をテーブルに沈めていったのである。
 そして意外なことに、この暴挙が観客に対して妙にウケてしまった。
 ヒールなのに観客の支持を集めていることに気を良くした彼女らは、タッグ王者めぐちぐの試合に乱入し、千種を合体パワーボムでテーブルに叩きつけると共に団体側へタッグ王座への挑戦を迫った。
 この状況をさらに複雑なものにしたのが、神塩ナナシー&小早川志保の合体である。
 団体屈指のリスクテイカー二人はジュニア王座を巡って争う内に意気投合、何を思ったかめぐちぐ対グリガルム戦にハシゴを持って乱入し、テーブルに寝かされためぐみに対して小早川がシューティングスタープレスで襲いかかり、こちらもチャンピオンに宣戦布告した。
 しかし、めぐちぐは負けなかった。
 二人はどんなに痛めつけられても耐え続け、やられた分はきっちり相手のやり方でやり返して勝った。現にグリガルム戦で小鳥遊の頭が千種のバックドロップによってテーブルを貫通したシーンや、神塩&小早川戦でめぐみが下を一切確認せずにハシゴ上からムーンサルトで舞ったシーンはファンの間で語り草になっている。
 この3チームは先月にタッグ王座戦で直接対決しているが、それぞれが決着について納得がいかなかったことと、加えてあまりにもファンのウケが良かったために、今月のビッグマッチの目玉として村上姉妹を加えた上で特別ルールでの再戦が行われるという運びになったのだった。

「…アタシらにアイツらみたいな試合ができると思うかよ?明らかにオマケで数に入れられたって感じがするぜ」
「なーに言ってんだよ千秋。別にアイツらに付き合わなくても、今日の試合は天井に吊るされたベルトを取っちまえば勝ちなんだろ?楽勝じゃねーか。ついでに何しても反則は取られないって聞いたし、やりたい放題じゃねーか」
「そうは言うけどなあ…」
 特別ルールで行われる今夜のタッグチームバトルロイヤルは、千春の言うように反則裁定が無く、各チーム好きなものを持ち込んでよいことになっているが、その代わりに試合の決着は3カウントではなく上から吊るされたベルトを奪ったチームが勝者ということになっている。
 要するにどんなに相手を痛めつけようがベルトを奪わない限り勝ちにはならないため、ある意味通常ルールよりもずっと過酷な試合なのである。
 しかし千春はそんなことは気にもかけない。
「大体さ、これは久しぶりに巡ってきたチャンスなんだぜ?別にアイツらみたいなことできなくても、ベルト獲っちまえばアタシらが主役だろ。誰にも文句は言わせねーよ」
「…ま、そりゃそうだな」
 悩んでいてもいなくても試合はあるのだ。
 だったらいつも通り、どんな手を使ってでも勝ちにいこう―――
 と、千秋はそう決心して立ち上がった。
「よっしゃ!気合入れるぜ!」
 姉妹は控え室のドアを蹴り開けて出て行った。



『ただいまから、タッグ選手権試合を行います。まずは挑戦者、神塩ナナシー、小早川志保組の入場です!』

「4チームで争われるこのタッグ王座戦、まずは神塩と小早川が入ってまいりました。もうすっかりお馴染みの3m程もある大きなハシゴを担いでの入場です。これが無ければ吊るされたベルトを獲ることはまず不可能。このハシゴの行方が勝敗を占うと言っていいでしょう。さあ、ハシゴはまず一旦場外に置いて、今二人揃ってのジャンピングリングイン!この団体が誇る命知らずの二人です!」

『続きまして、同じく挑戦者、グリズリー山本、ガルム小鳥遊選手の入場です!』

「続いてはパワーファイター二人がテーブルを持って…おおっと何かテーブルに書いてある文字をアピールしていますが…これは!『武藤めぐみ』それに『結城千種』か!?今日こそはチャンピオンチームをこのテーブルに葬り去ってやるというアピールだ!!こちらもそれぞれ場外にテーブルを設置して、堂々のリングイン!」

『続きまして、村上千春、村上千秋組の入場です!』

「最近目立った活躍がないとは言え、タッグチームとしての経験は決して侮れないものがあるでしょう。この反則無しのリングが悪逆姉妹のベルト奪還の舞台となるか!?村上姉妹、イスを手にしての登場です!」

『続きまして、王者、武藤めぐみ、結城千種組の入場です!』

「この半年で様々の過酷な経験をしましたが、遂にこの二人がベルトを失うことはありませんでした。絶対王者めぐちぐは一体何を持って今日の試合に挑むのか…おおーっと何も持っていません!素手であることを観客にアピールしています!これはチャンピオンとしての意地と自信の表れか………」


 めぐちぐの入場に他の注意がむかっている中、千秋と千春は二人でこっそりと頷きあった。
「今だ」
 と。
 三者それぞれ赤以外のコーナーに陣取っている中、千秋が山本、千春が小早川をそのパートナー共々イスで奇襲して叩き出すと、それを見てリングに走りこんでくるチャンピオンを待ち受ける。
 二人は事前に打ち合わせていた通りにことを運ぶと、一目散にリングに駆けてきた二人の内、千種のリングインをイスで阻止した後、めぐみには膝蹴りを入れてリング中央に引き出して、姉妹はその両側でイスを振りかぶった。
「まずは一人っ!」
「戦闘不能だぁッ!」
バチーン
 イスは、互いを打った。
「バレバレなのよ!」
 めぐみは両側から迫るイスをあっさりしゃがんでかわすと、すぐさまロープに飛び、、イスを持ったまま突っ立っている姉妹にそれぞれ片足づつのドロップキック。
 二人して場外に転がり出た姉妹を見て、リングに上がっていた千種と一瞬目で頷く。
『飛んだぁーっ!!!』
 実況と観客が絶叫する中、めぐみが千秋にノータッチのトペ・コンヒーロ、千種が千春にトペ・スイシーダで突っ込んだ。
「ぐえっ」
 予期せぬ逆襲に面食らっている二人を、めぐちぐはまだまだとばかりに無理矢理立たせる。
 続いて、
「いっくよーっ!」
「いきますよ~!」
 エプロンから客席にアピールし終えると、神塩と小早川はリング内の方を向いて同時にセカンドロープに飛び乗った。
 ふわり、と綺麗な孤を描いたケブラーダで村上姉妹を薙ぎ倒すと、神塩と小早川は客席に向かって人差し指を立ててリングを指し、めぐちぐと同じように千秋と千春を強制起立させる。
 周囲ではリングの方を見た観客が、次々に驚嘆の声をあげているのが聞こえる。
「う、嘘だろ…おい…」
「こんなもん、受けられるかよ…!」
 目を疑いたくなることに、リング上では女子プロレス界1位と2位の巨体が、トップロープを掴んでリング下を見下ろしていたのである。
「いくぜ!」
「おう!」
 不恰好だが、これ以上無い説得力の重爆プランチャに、姉妹は揃って「べちゃっ」という効果音が聞こえてきそうなほど見事に圧殺された。


 その後、束の間の共闘を終えた3チームはリング上へと戦いの場を移す。
 しかし、圧倒的なパワーと体格を誇るグリガルムの前に、他の4人はなし崩し的に協力せざるを得なくなっていた。
「せ~のっ!」
 と4人が声を合わせ、小早川と神塩は山本に、めぐみと千種は小鳥遊にそれぞれ合体ブレーンバスターを狙うが、
「うおおおりゃあぁぁぁぁ!!!」
 気合一発、山本と小鳥遊は二人同時に二人を投げ返す。
「お前ら軽すぎるんだよ!」
「力もねえな!」
 たまらず村上姉妹とは別方向の場外に転がり落ちた二組を見て、怪物達が気勢をあげている、ちょうどそんな時に千春はリング下で意識を取り戻した。
「千秋、千秋…」
「あ?……ああ…」
 隣で同じくのびていた妹がなんとか無事であることを確認すると、千春はなんとかしてリングに戻ろうと体を起こした。
「(リングアウトになっちまう)」
 すっかりいつもの癖で特別ルールを忘れていた千春がエプロンを掴んでなんとかリングに入ろうとしていた時、観客が一斉に騒ぎ始めた。
『おっと、ついに机の投入を予告かー!?』
 小鳥遊が場外の『武藤めぐみ』テーブルを指さすと、すかさず山本が机と一緒に、場外で体を休めていためぐみをリングに転がし入れる。
 小鳥遊はテーブルを赤コーナーに立てかけると、めぐみをそれに投げつけ、自分は助走をつけるために対角線上の青コーナーまで下がった。
「アイツ、三味線ひいてやがるな」
 めぐみ側でも小鳥遊側でもないニュートラルコーナーでロープを掴んでなんとか立ち上がった千春は、めぐみの様子を見てそう判断した。
 さて、間抜けな番犬が自分の置いたテーブルにぶつかる様でも見てやるか、とコーナーを背にしてふんぞり返った時、
「めぐみっ!」
「…えっ」
 エプロンに上がった千種はロープ越しに千春の手首と後頭部を掴むと、千春をめぐみのコーナーに向けて思いきり振った。 
 それを見ためぐみが行動を起こし、さらにワンテンポ遅れて小鳥遊が走り始める。
 めぐみはトップロープを掴んでちょっと飛び上がると、軽業師のようにロープの間に体を差し入れてするりと場外に脱出してしまった。
 直後に、めぐみがもたれかかっていたテーブルに千春が叩きつけられ、さらに―――
「千春避けろォォォォォォ!!」
グシャッ
 千春の後を追ってリングに這い上がった千秋の絶叫もむなしく、串刺し式のガルムズディナーをくらった千春は、背後のテーブルと共にくの字に折れ曲がって崩れ落ちた。
「チィッ!」
 小鳥遊は、始めから誰もいないテーブルにぶつかったかのように、ボロ雑巾と化した千春を無視して山本と一緒にめぐみを追って場外へ降りていく。
「千春っ!」
 ぴくりとも動かない姉を心配して這い寄ろうとした千秋だったが、突然両足を掴まれて再びリング下に引き摺り下ろされた。
「な……ぐぁっ!」
 振り向くと、視界には一瞬黄色と焦げ茶色の靴底が見えた後、火花が。
 神塩と小早川ダブルのトラースキックをくらった千秋が倒れようとした先は、いつの間にか小早川が運んでおいた『結城千種』テーブル。
「ナナシー、上がって!」
「わっかりました~!」
 エプロンから直接コーナーポストに飛び乗った神塩は、両手を後頭部付近に上げると、バランスの悪い中で器用に体の重心を沈めた。
「離せ!離せぇぇぇぇっ!!」
「いやーだよ~だ!」
 完全にテーブルに横たえられた千秋は、両足を小早川に押さえられて脱出不可能。
「行きますよ~!え~い!!」
 観客の大歓声の中、神塩が自分の真上で前方に一回転する様を、千秋は意識が無くなる直前まで凝視していた。


 千秋が神塩の450°スプラッシュをくらってまたもや戦闘不能になったあと、試合は一気に終局に向けて動き始めた。
 花道で死闘を繰り広げていたグリガルムとめぐちぐは、めぐちぐが山本に花道上でのダブルのバックドロップを決めるも、投げきってから起き上がったところへ花道を走りこんで助走をつけたガルムズディナーで二人同時に吹き飛ばされてダウン。
 その隙にリング上でちゃっかりハシゴを立ててベルト奪取を狙っていた小早川&神塩に気づいた小鳥遊が慌ててリングに戻ると、あっさりハシゴを放棄した神塩が延髄斬り→前のめりになったところへ小早川が飛びついてDDTの連携が決まるも、ダブル攻撃を狙ってロープへ飛んだ小早川に意識を取り戻した千春が足をかけて転ばせる。
 直後に、キレた小鳥遊はラリアットで神塩を一回転させると、無理矢理神塩をエプロンまで引きずり出して断崖式のパワーボム狙い。
 実況と観客の悲鳴と歓声が入り混じる中、神塩がなんとかウラカンラナで切り返そうとするも、中途半端になり同体のまま場外へ転落。
 そのまま沈黙した小鳥遊に、起き上がった山本が駆け寄るのを見ていた小早川は、千春を場外に蹴り落とすと、おもむろにハシゴを手に取り、小鳥遊と神塩が落下した方の場外の方向へハシゴを設置してのぼり始める。
 
 千春に助け起こされた千秋は、リングに這い上がりながら、明らかにベルトとは別方向に向けて設置されたハシゴのてっぺんに、異名どおりマタドーラのように、スカーフをなびかせてすくっと立ちあがった小早川を見上げた。
 その小早川が膝を少し曲げて重心を沈めた時には、誰もが思った。
「(こいつ、死ぬ気か)」
 と。
「小早川、いっきま~す!!」
 まるでトップロープから飛ぶのと変わらないかのように、片手をあげてアピールすると、地面まで5mは下らない高さを、普段通りの華麗なフォームのシューティングスターで落下。
 これには、観客の誰もが一瞬息を飲んだ。
 直後、
ウオオオオオオオオオオォォォォォォ
 という会場中から溢れた歓声の後、続いて地割れのようなストンピングの嵐が起こる中、千秋と千春はやっと自分達に勝機が巡ってきていることに気づいた。
 小早川は言うまでもなく、それを受け止めた山本なども動けない中、今ベルトに一番近いのは自分達なのである。
「千春!」
「わかってるよ!」
 二人は痛む体を引きずってなんとかリングの中央にハシゴを立てると、両側からそれぞれ上を目指してハシゴを登った。
「もう少し……!」
 普段なら楽々と登れる3m程の高さも、今は両手両足を使ってじりじりとしか登れない。
 それでもなんとか、丸い輪に通された二つのベルトにそれぞれ手が届いた時、
「そのベルトは渡さないわ!」
 千秋と千春の足首を、めぐみと千種が同時に掴んだ。
「くそっ…!」
 後はベルトを輪から外すだけなのだが、
「千秋、外れない!」
「こっちもだ!畜生!!」
 ベルトの背後の留め金が妙なことに全く外れない。
「(アタシ達が巻いてた頃は外れやすかったクセに!)」
 と心中で毒づいている間にも、めぐみと千種の手は足首から膝へと上がってきている。
「もういい千春!力任せだ!」
「おう!」
 自分達がハシゴの上にいることも半ば忘れ、姉妹は二人して背を反らせながら思い切りベルトを引っ張った。
 しかしそれでもベルトは外れず、そうこうしている内にめぐちぐそれぞれの腕がついに腰に回り、挑戦者を引きずり落とそうと同時に力を込めた時、
ぶちっ
「あ」
 ベルトの留め具は同時に外れ、千秋はめぐみに、千春は千種に雪崩式のジャーマンスープレックスをくらうような格好で真っ逆さまに墜落した。
 今夜3度目の失神を味わう寸前、千秋は熱狂の渦と化した観客席を上下逆に見ながら、思った。
 「二度と、やらねえ」と。
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by right-o | 2007-09-24 23:38 | 書き物