30のお題 No14「きょうき=狂気」

 カンナ神威対武藤めぐみ。
 来週に控えたタッグ王座戦の前哨戦として組まれたシングルマッチは、佳境を迎えようとしていた。
「やあっ!」
「うっ…!」
 カウンターのトラースキックが顎に入り、たたらを踏んだカンナに止めを刺そうと、めぐみがロープに飛んだ時――
バァン
「あっ!」
 ロープに預けた背中に向かって、リング下から思い切りイスが叩きつけられた。
「ギャハハハハハ!ぬるい試合やってんじゃねえ、よっ!!」
 レフリーがすぐさまめぐみの反則勝ちを宣言しゴングが乱打される中、加害者ライラ神威はセカンドロープを跨いで悠々とリングインすると、四つん這いのタッグ王者にもう一度イスを振り下ろした。
 その様を、カンナがただ見ているだけで止めようとしないのは、当然これが二人で示し合わせての行動だからである。
「急げよ、手筈通りだ。片割れが来る前にやっちまうぞ」
「…ああ」
 ライラは弱らせた武藤を無理矢理引き起こすと、予め用意していた手錠を二つカンナに投げて寄越した。
 カンナは何も表情に表さず、ただ淡々と武藤の手首をトップロープに縛りつける作業を無言で行い終わると、エプロンに出て動けない武藤の背後に回り、さらにライラから受け取ったイスの、畳まれた金属の「背」の部分を、背面から武藤の首に固定する。
「いっくぜェェェェ!!!」
 ライラが持参したもう一脚のイスを振りかぶった時、観客は悲鳴をあげ、または目を逸らした。
 ガン
 武藤の首にあてがわれたイスが、足を思い切り叩かれ、ちょうど槌で打たれた楔のように刺さり、武藤は声も上げられないまま苦悶した。
 手錠で繋がれているため、痛む首に手をあてることもできない。
「めぐみっ!!」
 直後、一足遅くリング上の異変を知らされた結城千種がリングに飛び込んでくると、そのままの勢いでライラを突き飛ばし、武藤に駆け寄る。
「カンナさん、手錠を外して!」
 しかし、千種の登場を見て、これ以上の関わり合いを避けて一人リング下に逃げていたカンナは千種の懇願に応えず、
「後ろ」
 とだけ言った。
 同時にこの日四回目のイス攻撃が千種の背中に炸裂し、続けざまにさらに四回、ライラが力任せに振るうイスが千種の背中を打った。
「…ちぐさぁっ!」
 何度イスで叩かれても、千種は身をかわそうともせず、それどころか一層強い力でめぐみの体にしがみついた。
「もういいから!離して!!」
「嫌…よ」
 自分が離れればどうなるか――
 それは千種にとって、自分が打たれるよりも嫌なことだ。
 しかし、千種の献身的な姿は余計にライラを苛立たせる。
「クソッ!気に入らねえんだよ!!」
 ライラは千種を力任せに引き離すと、イスをマットに捨て、千種を肩の上に担ぎ上げた。
「!?…やめてぇ!!」
「ヒャハハハハハ!!」
 マットに置かれたイスの上に、千種の頭が刺さった。
 地獄落とし、という名前そのままの容赦無い一撃である。
「まだまだ、終わりじゃねーんだよ!」
 ライラは、全く動かなくなった千種の頭をイスの上に置きなおすと、カンナが捨てたイスを手に取り、大きく真上に振りかぶる。
「やめて!もうやめてぇぇぇ!!!」
「死ィねェェェ!!」
 イスは、誰に止められることもなく、千種の頭に振り下ろされた。


 一週間後。
 予定されていたタッグ王座戦は、何ら変更無く開始された。
 ただ一つ違った点は、王者組二人の首と頭に痛々しい包帯が巻かれていたことだけ。
 それでも、王座戦中止を考えていたフロントに対して、断固として試合を行うことを主張した千種とめぐみの姿は、いつもの王者らしい堂々としたものであった。
 珍しい王者組の奇襲で幕を開けた試合は、中盤まで前哨戦の屈辱を晴らすかのように王者組の怒涛の攻めが続いたが、ライラの串刺しラリアットがめぐみの首を捕らえてから一変する。
 それ以降は目に見えて動きが悪くなっためぐみを相手に、挑戦者組が――というよりライラ一人が一方的に痛めつける展開が続く。
 隙をついてめぐみが千種と交代するも、髪を掴んで頭をマットに叩きつけるなどのラフプレーに加えて、リング外から文字通りに足を引っ張るなどのカンナの介入もあり、依然としてライラの一方的な蹂躙は続いた。
 加えて、
「千種!代わって!」
 と、いくらパートナーに呼びかけられても、千種は交代しようとはしなかった。
 そんな千種の様子が、さらにライラの嗜虐的な心をくすぐる。
「ヒャアハハハハハハハハハハハハハ!!」
 思うままに殴り、蹴り、叩きつける。
 パートナーのカンナまで顔をしかめる程の猛攻。
「もういい。さっさと終わらせろ」
「うるせぇ!俺に指図すんじゃねえ!」
 しかし、すっかり抵抗をやめた千種で遊ぶのにも飽きたのか、ライラは千種を肩に担ぎ上げた。
 すかさずカンナが対角線上のめぐみを抑える。
「てめぇら、よーく見とけよ!ヒャハハハハハ!!」
 地獄落としの態勢に入ったまま、ライラがめぐちぐの逆転を願うファンを嘲笑うようにゆっくりと一回転し、千種をマットに叩きつけんとした時であった。
「このォォォォ!!」
 カンナをかわしてリング下に落としためぐみの、渾身のフライングニールキックがライラの鼻っ柱に直撃。
 すかさず息を吹き返した千種が地獄落としの態勢を横十字固めに切り返し、一瞬で逆転の3カウントを奪取した。
「やった、やったよ!!」
 直後、めぐみに助け起こされた千種は、体の痛みもすっかり忘れてめぐみ抱きついた。
 一気に湧きかえった会場の中で、めぐみの胸に顔を埋めた千種の目には光るものがあるようにも見える。

「あアァ!?」
 しかし、敗れたライラが呆然としていたのは、ほんの数秒だった。
 まずレフリーを殴り飛ばし、気づいて場外に避難しためぐみと千種を追って自分も場外に出ると、最前列の観客を突き飛ばしてイスを強奪する。
 もはやベルトの行方も試合の勝ち負けも関係無く、ただただ、他人を傷つけたいということだけが動機の行動である。
 が、ライラが振り上げたイスは不意に背後から伸びた手で奪われた。
「テメェ、何しやが――」
 『もはや、付き合いきれない』と言わんばかりに、カンナは無言でイスを横殴りに払った。
 よろめいたライラの腰に、千種の腕がまわる。
 試合では遂に見られなかった千種の必殺技の態勢。
 次の瞬間、ライラは運悪く丁度場外マットの切れていた部分に、誇張抜きで垂直に刺さった。
 担架で運び出されたライラは、犬歯を剥いて笑ったまま失神していた。   
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by right-o | 2007-09-20 22:01 | 書き物