写真撮影

 相羽の試合を見たあと、美月は観客が帰り出す前にそそくさと会場を離れた。
 観客の波に揉まれる前に首尾よく「ゆりかもめ」へ乗り込んだ美月は、
 新橋から山手線に乗り換えて新宿へ。
 以前、相羽と一緒にサイン会をやった会場で、今日は写真撮影のイベントであった。
 駅出口から百貨店の内部を抜け、会場である大型書店の最上階に着くと、
 「控室」とだけ印字された紙が張ってある部屋へ案内される。
 美月は開けるのを少し躊躇った。
 個人名が表示されていないということは、ゲスト共通の控室ということだ。
 そこは気を遣えよと思わなくもないが、ここは書店のなので、
 リング上の事情を汲めという方が無理なのかもしれない。
 ゆっくりドアを開けると、やはり先客がいた。
 小上がりに置かれた炬燵に入ってスマホをいじっていた内田は、
 入って来た美月を一瞥し、すぐ視線を手元に戻す。
(……居づらい)
 今回のイベント、美月と挑戦者である内田の二人をゲストとして企画されたものであった。
 
 その後、二人はイベントの時間まで結局一言も会話しなかった。
 お互いそっぽを向きながらコスチュームへの着替えを済ませ、時間になればどちらからともなく会場へ。
 最も美月にとっては、前回のように緊張することがなかった分よかったのかもしれない。
 二つ並んだ簡易テーブルにそれぞれ着くと、
 司会者のアナウンスで参加者と美月たちを仕切るカーテンが取り払われ、
 フロアを埋め尽くした参加者から歓声が上がる。
 試合以外の場面で注目を浴びるというのは、
 何度経験してもむず痒い感じを覚えてしまう美月であった。

 イベントとしては参加者と一緒に写真を撮るだけのことだが、
 それぞれから出されるリクエストが中々凝っている。
 基本的に美月は為されるがまま。
 男性なら握手ぐらいまでで済むものの、美月ファンの中で結構な割合を占める女性からは、
 抱きつかれたり頬ずりされたりという過酷なリクエストが出され、美月は虚ろな目で応えていた。
 一方の内田はそもそもリクエストがし辛い雰囲気だったが、中には勇気のあるファンもいる。
「ヘッドロックしてください!」
 と、果敢にもある少年が言った。
 意図を察した内田は、あらあら、と、
 悪戯した弟を優しく諌める姉のような笑顔を作っておきながら、
 その実かなり本気で締め上げ、写真を撮る暇すら与えずタップさせてしまった。
 そうこうしながら一時間もする内に段々と二人の前に並んでいた列もはけていき、
 残り数人となった時、内田にヘッドロックされたのよりまだ幼い子供から、
「ベルトを巻かせてください!」
 と美月は頼まれた。
 それぐらいはお安い御用と応じかけたが、振り返ると机の上に置いたはずのベルトが無い。
「……って!」
 いつの間にか、内田がちゃっかりと肩に乗せて写真撮影に応じていた。
 横から美月が取り上げようとするも、内田も手を放さない。
「……私のベルトです」
「もうすぐ私の物になるわよ」
 結局綱引きのようにベルトを取り合った姿勢で写真を撮られ、
 ついでに何故かその写真がスポーツの新聞の紙面に載ってしまった。

「……という訳で」
「はは、まあそんなことだろうと思った」
 その翌日、美月と越後は道場の壁に背中を預けて件のスポーツ新聞を見ていた。
 「遺恨凄惨!」と題名がついた記事には、美月と内田の間の因縁があること無いこと書かれている。
 というか大半が無いことだったが。
「元々この煽りをやって欲しくて記者を呼んであったんだろうな」
「やっぱりそうですか……」
「まあいいじゃないか。盛り上げる手間が省けたと思えば。ところで」
 越後は、リング上で近藤をスパーリングパートナーに動き回る相羽を見やった。
「大事な試合が控えてる割には最近動いてないな。調整は大丈夫か?」
「今は体を動かすより、試合をイメージしてる方が落ち着くので」
「そういうもんか」
 私にゃわからんとばかりに越後は首を振って苦笑した。
「ま、お前たち二人の勝負は色んな意味で興味深い――」
「……失礼します」
 その時、すぐ側の入口からぬっと入って来た人影があった。
 美月よりずっと高い身長に、薄手のジーンズとパーカーの下に伺える身体は尋常でなく引き締まっている。
 長い金髪は先の方が灰色にくすんでいるものの、鼻筋の通った顔立ちと併せ十分に美人と言える。
 そういった目立つ容姿の割に表情は伏し目がちで、ややおどおどしているように見えた。
「おお」
 と目を見張った越後に対して、その女性は頭を下げて言った。
「また、お世話になります」
 一見してこの団体のプロレスラーらしい彼女だが、美月は不思議とその人物に思い当らなかった。

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by right-o | 2013-02-10 16:09 | 書き物