「ローリングエルボー」 相羽和希VS近藤真琴
会場の一番後ろで神田の試合を見ていた美月は、
決着後も起き上がれずにいる藤原を見て、思わずそう声に出た。
勝負は実質、フィニッシュ前の右カウンターでついていた。
流石は神田と言うしかないが、それにしても見事な一発である。
(今後、試合で当たるようなことがあれば気をつけよう……)
と、そんなことを考えていた時、
「よっ」
いきなり両肩を後ろから掴まれた。
「っ……え、越後さん?」
「ファンイベントまでの暇潰しか?だったら次まで見て行けよな」
普段着姿の越後しのぶであった。
「なんでここに?」
「それはお前と一緒だな。相棒の試合を見に」
「相棒って……」
自分と同期の相羽がこの興行に出ているはずは無い。
咄嗟にそう考えた美月だが、現に会場には相羽の入場曲がかかっていた。
これから始まる試合、中堅トーナメント若手枠のもう一試合には、
実のところ直前まで、相羽ではなく早瀬が出場するはずであった。
ところがその早瀬は数日前の練習中に怪我をしてしまい、
それが完治しなかったため、代わりに急遽相羽が出ることになったのである。
当然、戦う相手は若手になるのだが、しかし楽な相手ではない。
リングに上がった相羽と相対したのは近藤真琴。
数ヶ月前、中堅ではなくヘビー級王座のトーナメントにエントリーされていたほどのレスラーである。
その時は美月に敗れているが、それも楽な戦いではなかった。
ふむ、これは、と興味深げな視線を送る美月の隣、
相棒を見つめる越後の目には、どこか楽しそうな輝きがあった。
それぞれのコーナーから真っ直ぐに進み出た二人は、まずがっちりと組み合った。
上背で勝る近藤だが、上から押さえつけられる形の相羽も全く引かない。
ややあってから、どちらも埒が明かないと見て同時に離れ、まず近藤がロープへ走る。
「おおおッ!」
走り込んでのショルダータックル。
これを相羽が仁王立ちで受け止め、今度は自分がロープへ。
「ってぇぇッ!」
再度肩口をぶつけ合い、近藤をマットに倒した。
またすぐにロープへ飛ぶ相羽に対し、近藤は冷静に仰向けからうつ伏せになり、
自分の上を相羽に跨がせる。
起き上がり、ロープ間を往復して戻って来る相羽に対し、ショルダースルーの姿勢で待ちうけた。
相羽はこれを正面から飛び越しつつ近藤の胴体に両手を回し、ローリングクラッチホールドへ。
だが近藤も、後ろに倒される勢いを利用しての後転から立ち上がり、
上体だけ起こした姿勢の相羽へローキック一閃。
これを相羽は正面から受け止め、近藤の右足を掴んだまま立った。
「おりゃあッ!」
右足に肘を落としてから解放し、離れ際更に肘を近藤の頬に叩き込む。
更に、お前も打ってこいとばかりに構えれば、
近藤も遠慮の無いミドルキックを相羽の胸板に放っていった。
相羽が仕掛け、近藤がやり返す。
そんな単純ながらゴツゴツとした見応えのある試合は、それほど長く続かなかった。
試合時間5分が過ぎようかというところ、ロープへ走った近藤の後ろを相羽が追いかけ、
振り向いてロープへ背中を預けた瞬間の近藤へ串刺し式のランニングエルボー。
「ぐぅっ」
逃げ場無く相羽の体重が乗った一発を受けた近藤がふらふらと前に出るところ、
相羽はすかさず反対側のロープへ飛び、ラリアットを叩き込んで薙ぎ倒した。
「よっし、いくよッ!」
「……まだまだぁ!!」
相羽が気合を入れ直そうという時だったが、倒された近藤はすぐさまマットを叩いて立ち上がる。
向き直った相羽の左脇腹へパンチを入れて動きを止め、
すぐさま左右の掌底で追い打ち、続け様にハイキックを放った。
ここで近藤はコンビネーションに集中する余り、
ハイキックの当たった感触に違和感があったことに気づけない。
締めとばかりに裏拳を狙って近藤が背中を向けた時、
同じく相羽も、蹴られた勢いそのままに後ろを向いていた。
「え……っ!?」
風を切って襲ってきた近藤の拳の先端へ、こちらも回転して勢いをつけた相羽の肘が命中。
近藤が思わず拳をおさえて怯んだスキを、相羽は見逃さない。
組むが早いかブレーンバスターの要領で近藤を放り上げ、自分はその場に尻餅をつく。
落下してきた近藤の顎を右肩で跳ね上げ、ロープへ。
両膝立ちで伸びあがった姿勢の近藤へ、全体重を乗せた右肘を叩き込んだ。
むぅ、と思わず唸ってしまいそうな畳みかけである。
「うん、センスが磨かれてきているな」
満足げに腕組みしている越後の横で、美月は特に表情を表さない。
近藤から文句の無い3カウントを奪った相羽は、リング上でタッグのベルトを掲げながら、
同時にもう一本のベルトを腰に巻くアピール。
(どうなるやら)
美月は、ひとまず相羽のことを考えないようにした。
中堅ベルトを誰が手に入れようが、今の自分には関係の無いこと。
将来の脅威“かもしれない”ものより、現在の脅威”かもしれない”ものに目を向ける方が、
ずっと意味のあることだと思うことにした。