フラグ?
右手にマイクを持ったまま、なんとも心のこもらない拍手をしながら、
美月はリングまでゆっくりと歩を進めた。
その左肩には、先ほど4人が挑戦権を争ったベルトが金色に輝いている。
「オメデトウゴザイマス」
内田に相対した美月の口が機械的に動いた。
「……まあ、でも、内田先輩が挑戦者になってくれて本当に感謝してますよ。
本当に心からです。だってこれで次は」
「「楽ができる」」
内田が美月の発言を先読みしする。
しかし、美月もそれがわかっていたかのように無反応だった。
「……って言うんでしょ。ひねくれたアンタの考えそうなことね」
「あなたに、いや、“お前に”ひねくれてるとか言われたくありません」
お互い軽口の応酬だけで終わるかと思われたリング上、ここで一気に空気が悪くなった。
「さっきの4人で一番楽な相手が内田先輩だってこと、ここにいるお客さんは皆わかってますよ。
だからこそ判官贔屓もあって応援されたんでしょうしね」
普段それほどマイクアピールが得意でないはずの美月だが、
何故か内田を前にするとこんなセリフがすらすらと出てくる。
「それに、さっきみたいな偶然はそうそう何度も起こりませんよ」
「……偶然、って丸め込みのこと?
はっ、アンタなんかにわざわざ丸め込み使って勝とうなんて誰も思わないわよ」
美月だけでなく、内田の言い分にも頷いてしまう観客たちであった。
「まあでも、そうね、そこまで言うなら予言してあげるわ。
アンタに挑戦する王座戦、さっき伊達から3カウントを取ったのと同じ技で勝ってみせる」
内田は真顔でそう言い切った。
「ハイハイ、そう言っておけば必殺技が決まりやすくなるとでも思ってるんでしょうけど、
そんな見え透いたハッタリなんか誰も引っ掛かりませんよ」
伊達に決めた丸め込みはラッキーキャプチャーと見せかけたフェイントである。
どうせ今度は丸め込みと見せかけてラッキーキャプチャーだろ、
というのが美月と観客の見るところであった。
「ハッタリかどうか、すぐに分からせてあげる。
せいぜい次の防衛戦まで王者気分を満喫しておくことね。
それと、ベルトはよく磨いておきなさい。次の持ち主のために」
そう言って、内田はマイクを放って美月に背を向けた。
「もうちょっと気の利いたこと言うかと思いましたが、安い挑発ですね」
リングを下りる内田の背中へ向けて美月が言う。
勝手に言ってろ、とでも言いたげに、内田はもう美月に一瞥もくれることなく帰って行った。
(ふん)
これまで何かにつけて皮肉の針でちくちくとやられてきた先輩相手に、
上から目線で言いたいことを言えてスッとした美月であった。
が、この時、美月は内田の予言が本気であることに気がついていない。
というより、どうでもよかった。
内田のことなので、裏の裏をかいて丸め込みを仕掛けてくることはあるかもしれない。
といって丸め込みで自分が負けるとはとても思えない美月である。
ただし、美月は一つ思い違いをしていた。
「同じ技で勝つ」ということが、すなわち「丸め込みで勝つ」ということにはならないのである。