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「アッパー掌底」「浴びせ蹴り」「スーパーケンカキック」 内田VSみことVS六角VS伊達

 リング上、四隅に陣取ったレスラー達は、それぞれが全く異なる表情でゴングを聞いた。
 への字口で宙空を睨みつけるみこと、不敵な薄ら笑いを口元に浮かべる六角、
 まるで能面のように無表情な伊達、そして一人じっと目を閉じ俯いた内田。
(“せいぜい頑張ってください”、ね)
 頭の中で、美月が精一杯の嫌味をこめて囁いた言葉が蘇る。
(言ってくれるじゃないのチャンピオン様)
 静かに目を開いた内田は、背中を反らせて大きく息を吸い込み、
 長く細く空気を吐き出しながら再度気持ちを落ち着けた。
 内田をこの挑戦者決定戦の場に立たせた動機は一つ。
 “アイツにできて、自分にできないはずはない”
 夜中の道場で泣いていたような出来損ないが、いつの間にか自分を見下ろしているのだ。
 内田には到底納得のいく事態ではない。
 神楽に出し抜けをくらったものの、本来ならすぐにでも美月に挑戦してやりたいところであった。
 だが今、美月と対戦するためにはこの試合で勝ち残らなければならない。
 内田にしてみれば、王座戦よりもこちらの方が余程大きな壁に思える。
 

 ゴングと同時に突っ掛かって行くような粗忽者は誰もおらず、
 四人はゆっくりとコーナーを離れ、リンの中央をぐるり囲んで拮抗した。
 さて、と内田は横にいる六角の表情を盗み見る。
 内田の見るところ、王座への挑戦権を求めてこの試合に出てきた四人の中でも、
 それぞれモチベーションには微妙に差があった。
 中でも六角は、とても今になってベルトに興味を持つとは思えない。
 それでもこの場に出てきたことについては、何かしらの事情が感じられる。
 だがそこまで思いを巡らせる暇も無く、当の六角からほんの小さくウインクが送られてきた。
(やっぱり)
 事前に申し合わせていたかのような自然さで、内田と六角は同時にまず伊達へ襲い掛かった。
 爪先を二つ伊達の腹部に蹴り込み、怯んだ伊達をあっという間に場外へ放り投げると、
 返す刀でみことにも攻撃。
 二人掛かりでロープに押し込んで反対側へ飛ばし、跳ね返ってきたところへダブルのドロップキック。
 ちっちっち、と向かい合って指を振る仕草を見せた二人には軽いブーイングが起こった。
「くっ……」
 卑怯な不意打ちを受けたみことを六角が引き起こす間に、
 内田はリングに上がろうとしていた伊達をスライディングキックで場外フェンスまで吹き飛ばす。
「さっさと仕上げるよ」
 みことを赤コーナーに振ってから、内田は対角青コーナーに控える六角の腕を掴み、
 反対側に向かって撃ち出した。
 六角から内田の順で串刺し式の連続攻撃を仕掛けようとしたのだが、
「……舐めるなッ!」
 六角とは対照的に、普段から五割増しで気合の入っているみことは、
 自分からコーナーを飛び出して六角の脇をすり抜けた。
「いッ……!?」
 ちょうど走り出したところだった内田の顎へ、かち上げるよう軌道で右の掌底一閃。
 さらに振り返ると同時、背後に迫っていた六角にも返す刀で左の賞底。
 ふん、と、一瞬で二人を片付けたみことが肩をそびやかすと、
 彼女を支持するファンからは熱狂的な声援が送られた。
「……まだ私が」
 そんなみことに、リングに上がって来ていた伊達が、後ろからわざわざ声をかけた。
 みことが完全に向き直るのを待ってから、その胸板へ強烈なミドルキック。
 歯を食いしばって耐えたみことが逆水平を返し、さらに伊達が蹴り返す。
 このやり取りが延々繰り返される様を見つつ、
 六角と内田は背中で這ってそれぞれ反対のコーナーまで後退。
「ぐぅっ……」
 ミドルと逆水平を交換すること十数回、ついにみことの動きが止まった。
 すかさず伊達は素早い左右の掌底からローキックを叩き込み、
 膝をつかせたみことへ更に強烈なミドルキック。
 上体を大きく反らしながらも、みことはこれに耐えた。
 ならばと伊達はロープに飛び、立ち上がりかけたみことの顔面に向けて右足を大きく突き出した。
 走り込んだ勢いそのままの前蹴りに、額を打ち抜かれたみことはその場で一回転。
「スキありっ、と」
 みことを倒した伊達の斜め後ろから、
 漁夫の利を伺っていた内田のフライングニールキックが側頭部を刈り取った。
 しかし、したり顔の内田が立ち上がったところへ、今度は横から六角の右足が顎を捉えた。
 無言の協力関係があっさり破棄された瞬間である。
 美月などを見よう見まねで放った六角のトラースキックは綺麗に入ったが、
 得意げな六角が長い足を見せびらかすようにゆっくりと戻しているところへ向け、
 いきなり立ち上がったみことがマットを踏み切っていた。
 空中で体を丸めて前転してつつ、振り上げた右足を六角の顔面に叩きつける。
 六角を薙ぎ倒しながら、そのみこともダメージから立ち上がることができず、
 リング上では四者全員が一時的に倒れ込んでいた。
 客席からはそれぞれに向けた声援が一斉に注がれ、
 全員が重たく痛む頭を振ってどうにか起き上がろうともがく。
「ちっ」
 ふらつきながらも内田は一番先に立ちあがる。
 顎を押さえながら千鳥足で数歩踏み出し、そしてすぐに起き上がったことを後悔した。
 背後から伸びてきた腕が、先ほど六角に蹴り飛ばされた顎を下から掴んでいた。
(げっ)
 間の悪いことに、遅れて立ち上がったみことの目の前に内田の背中があった。
 みことは迷うことなく仕留めにかかる。
 魔投などと形容されることもある、みことの必殺技、兜落としを耐えた者はいない。
 というか内田には、怪我人と死人がまだ出ていないのが不思議であった。
 相手の頭を完全に固定した上、裏投げの形で背後に真っ逆さま、という技である。
 どう考えても首が折れると思うのだが、何故か対戦相手はフォールを奪われるだけで済んでいる。
 ともあれ、この技を喰らうわけにはいかない。
 バックエルボーで振りほどく間もなく体が持ち上がりかけたので、
 内田は慌てて両足をみことの胴体に巻きつけた。
 エビ反りになりながら両足を開いて背後の相手を挟みこむ、という器用な体勢で、
 内田は必死の抵抗を試みる。
「この……ッ!」
 みことは構わず、そのままブリッジするように反り投げて内田の頭を叩きつけようとした。
 察した内田は覚悟を決めかけたが、不意に自分を持ち上げる力がゆるむのを感じ
 次いで顎を掴んでいたみことの手が離れた。
 すかさず内田は体を前傾させ、前のめりになってみことの股をくぐり抜けつつ、
 胴体を挟んでいた両足を滑らせて両脇に引っ掛ける。
 そのままみことを前方に引き倒し、目の前にきた両足を掴んで押さえ込む。
 そこへ先ほどみことの後頭部にハイキックを見舞って内田を助けた六角が、
 上から圧し掛かって加勢する。
 この体勢のまま無情にもカウント3が数えられ、みことがこの試合最初の脱落者となった。


「なッ……!?」
 呆気にとられたみことの悔しげな表情を見ている暇は、内田にはなかった。
 フォールを解いて立ち上がると同時、後ろから今度は首に腕が巻き付いてくる。
「いや悪いねぇ」
 耳元で楽しそうに六角が囁きかけた。
 内田の見るとおり、六角は必死でこの試合に勝とうとしているわけではないが、
 積極的に負ける理由もない。
 内田をアシストしてみことを敗退させたあと、
 つい無防備に背中を向けていた内田に襲い掛かったのだった。
 スリーパーホールドは完全に極まっていたが、スタンディングの状態ならばまだ抵抗できる。
 が、六角は体を捻り、スリーパーを極めたまま内田に背中を向け、
 内田を背負うような体勢をとろうとしている。
 このまま相手をうつ伏せにマットへ叩きつけてバックスリーパーに移行するのが
 六角の必勝パターンであり、そうなればロープが間近にない限り脱出は不可能。
(イチか、バチか……っ)
 内田は自分からマットを蹴って六角の背中に乗った。
 そのまま両足を上げて六角の上で一回転し、反対側に着地。
「お?」
 この間も六角はスリーパーを放さなかったため、内田は頭から六角の下に潜り込むような形。
 咄嗟に内田は六角の後頭部を掴み、逆の手で足を抱え込む。
 そのまま自分の体を捻ることで六角を前に転がして両肩をつけ、足を掴んで必死に押さえつけた。
「げぇっ、ちょ……ッ!?」
 レフェリーの手が三回マットを叩くのと六角が内田を跳ね除けるのと、ほぼ同時であった。


 六角は身振り手振りで、自分がちゃんと肩を上げたことと内田が髪を掴んでいたことを
 レフェリーに抗議していたが、それでも覆らないとわかると口を尖らせて帰って行った。
「ふぅ――」
 マットに両膝をついた姿勢のまま、内田は大きく溜息を吐いた。
 こうしていても、残る一人が襲いかかってくることはない。
 その代わり、他の対戦相手という不確定要素の無い中、一対一で戦わねばならない。
 伊達は、いつの間にか一人我関せずという態度でコーナーに寄りかかっていた。
 ここからが、本番である。

by right-o | 2012-11-11 22:41 | 書き物