みこと対六角対伊達対内田 入場だけ
越後との試合を終え、バックステージに引き上げて来た美月は、
すれ違いざまそう言って内田の肩を叩いた。
意趣返しのつもりであったが、当の内田は意に介することなく、
無言のまま入場ゲートの方へ向かって行く。
(なんだ、面白くない……)
自分の試合前に余計なちょっかいをかけられた美月にしてみれば、やり返したいところであった。
「……とはいえ、本気で頑張って欲しいところではあるんですが」
「え?」
前を向き直ってぼそりと呟いた美月の横で、神田が怪訝そうな顔をする。
「だって一番楽な相手じゃないですか。あの中では……」
それが美月の本心であった。
メインイベント、代々木第二のリングにカン高い三味線の音が響き、
まずは草薙みことが入場ゲートから姿を現した。
ガウン代わりの白い大きな羽織りをはためかせながら、唇を真一文字に結んでリングへ向かう。
生真面目なのはいつものことだが、今夜のみことには更に厳しい覚悟が感じられた。
これまでタッグ王座にを二度、中堅王座を一度獲得した気鋭の若手は、
盟友である柳生美冬に代わり美月への挑戦へ手を挙げたのだった。
続いて場内が一気に暗転すると、
スクリーンに、灯りを消したロッカールームのベンチにタオルを被って座る女性の姿が映った。
低い笛のような効果音から始まる入場曲が徐々に高まるにつれ、
汗の滴る顔が次第にアップとなり、タオルの下から爛々と光る眼が覗いた。
続いて現れた本人、六角葉月がリングを見つめてにやりと笑う。
ジュニア以外全てのベルトを二度以上巻いた経験のある大ベテランは、
気負った様子を微塵も感じさせず、一人悠々とロープをくぐった。
六角がニュートラルコーナーに背中を預けると同時、
今度はがらりと雰囲気の違う伊達の入場曲が流れ始め、
これまで期待と興奮を押さえ静かに見守っていた客席から一斉に手拍子が鳴り響く。
歌詞の合間。「ハ・ル・カ」の合いの手に呼び込まれるように、
伊達遥の長身がスクリーンを背負い揺れていた。
前々代のヘビー級王者にして現王者相手に完勝した実績のある実力者は、
文句無くこの試合の大本命である。
そんな伊達の入場が終わるより早く、
本人の気負いが現れたかのように被り気味の前奏が鳴り始め、
最後の参加者がその姿を現した。
青い炎を象った仮面を被ったラッキー内田は、
曲調が激しいものに変わると同時、いつになく走ってリングへと向かう。
エプロンからひとっ飛びでトップロープを飛び越すと、
入場用の飾りでしかないマスクを投げ捨て、厳しい視線を四方へと走らせた。
美月への挑戦へ真っ先に手を挙げたレスラーにして唯一の現ベルト保持者は、
さして誇る様子もなく、肩にかけていた中堅ベルトを場外の早瀬へ放って寄越した。
「さて、どうなるか。ここは見ものだな」
直前の試合を終えた越後と美月はじめ、
バックステージにいる全レスラーが、モニターの中で勢ぞろいした四人を注視していた。
「誰が勝つと思う?」と、誰かと顔を合わせる度に聞かれたが、
美月にもさっぱり予測がつかない。
パートナーの美冬によく似た実力と執念深さを持つみこと、
場数と実績では頭一つ以上抜けている六角、そして現に自分を一蹴してのけたことのある伊達。
考えてみれば、これまでたまたま当たる機会がなかったみことを含め、
美月はこの中の誰一人としてシングルマッチで勝ったことはない。
とはいえ、唯一内田が、美月から見ればまだしも楽な相手に思われた。