レッスルPBeM 火宅留美 その4(2)
▼日本 埼玉県所沢市 さいたまドーム
VT-XとJWIの運命をかけた、十六夜と市ヶ谷の決着戦の時が訪れた。
■■ JWI認定世界最高王座 王座戦 ■■
〔王者〕
《ビューティ市ヶ谷》(JWI)
VS
〔挑戦者〕
《十六夜 美響》(VT-X)
異例の五本勝負で行なわれるこの一戦。
最初に登場の十六夜は、シンプルなジャージ姿で登場――
と思いきや、入場ゲートに吹き上がったパイロ(火薬仕掛け)に包まれ、姿が消える。
「!!」
場内騒然とする中、青白い煙の奥から姿を現したのは――禍々しいコスチューム姿の、カラミティ・クイーン、十六夜美響。
「今日は――“全力”で、いかせて貰うわ」
妖しく微笑み、単身、リングイン。
そして、王者の入場――
<<オーーーーッホッホッホッホッホッホッ!!!>>
豪快にもほどのある高笑いと共に現れた、ビューティ市ヶ谷。
こちらは、JWIの選手たちを従え、堂々たる女王の行進――という風情。
なにせ地元、歓声は九分九厘、市ヶ谷へのものである。
<一本目>:ジャケットマッチ(胴着着用、打撃禁止。3カウント・ギブアップでの決着)
まずは、お互い胴着姿で闘うジャケットマッチ。
これはなんといっても、柔道出身の市ヶ谷が圧倒的に有利であろうと思われた。
十六夜を幾度となく投げまくり、叩き付けた市ヶ谷であるが、柔道ではないので、それで一本とはならない。
そんな中、
「――――ッ!」
ふと市ヶ谷が“偶然”スリップして体勢を崩した所へ、その隙逃さず十六夜が飛び掛かった。
「うぐ……ッ!?」
予想外に胴着を“使いこなし”た十六夜が寝技で圧倒、一本目を奪取したのである。
×市ヶ谷 vs 十六夜○(17分25秒:裸絞め)
「クッ! まぁいいですわ、これくらいはいいハンデですものね!!」
「……台詞が負けフラグみたいになってるわよ」
<二本目>:グローブマッチ(打撃のみ)
雲行きの怪しくなった市ヶ谷、膂力を生かして猛ラッシュを仕掛けるが、ことごとくブロックされ、有効打とならない。
「猪口才な――――」
気迫もあらわにラッシュを仕掛ける市ヶ谷……と、突然、足元がフラついた。
またしても“偶然”にも、シューズの紐が切れてしまったのだ。
それを見逃さず、十六夜がパンチの連打を見舞い、よもやの王手をかけた――
×市ヶ谷 vs 十六夜○(7分4秒:TKO)
「そ、そんな……」
「い、市ヶ谷様……っ」
リングサイドに控えるJWI勢は、顔面蒼白で見守るしかない。
それにしても。
一本目のスリップは、汗のせいだと思えば分からぬでもないが、二本目のヒモは……
よもや、これが“災厄”なのであろうか。
<三本目>:スモーマッチ(相撲ルール)
三本目は相撲ルール――もっとも、まわし一丁にはならないが。
水着の上にまわしをつけた状態での相撲マッチ。
さしもの市ヶ谷も顔が引きつって見えるのは、気のせいか。
「フッ……フフフッ。だいぶ、身体も温まって来ましたわ!!」
後がない市ヶ谷、ここはきっちりと投げ飛ばし、辛うじて一本奪取。
○市ヶ谷 vs 十六夜×(24秒:下手投げ)
<四本目>:ストリートファイトマッチ(私服による試合、反則裁定なし)
そして四本目、一転して過激きわまる荒々しいスタイルの試合。
凶器使用OKのこの一戦、漆黒の防護服に身を包み、竹刀やイス、脚立まで持ち込んだ十六夜に対し、市ヶ谷は瀟洒なドレス姿で、しかも素手で登場。
「私に、武器など必要ありませんわ――何故ならば、この肉体そのものが武器なのですから!」
とうそぶいたのは良かったが、序盤から竹刀やイスでメッタ打ちにされ、さしもの市ヶ谷もグロッキー状態に追い込まれる。
「ルーチェ!! テーブルをッッ!!」
「~~ッ」
更に十六夜、ルーチェたちに運び込ませた長机をリング内に投げ込み、
「お嬢様、机をどうぞ――」
と冷笑し、市ヶ谷の背中目掛けて打ち下ろす!!
「おぐぅっ!?」
「い、市ヶ谷様ァーーーッ!!」
場内悲鳴に包まれるなか、更に十六夜の猛攻が続くが、
「調子に乗るのは――その程度になさいッ!!」
市ヶ谷気迫で反撃、十六夜をテーブルに据え付けるや、自らは脚立に登り、最上段からのダイブを図った――その時。
「!!」
突如、脚立が――中ほどから、折れた。
「――――ッッ」
市ヶ谷たまらず、体勢を崩して、真っ逆さま。
危険な角度で、脳天からリングに突き刺さる!
「…………」
ドーム内の観客、ショックで声もない。
これが――“災厄”の力なのか?
が、更に衝撃を与えたのは、十六夜の行動である。
「もっと――テーブルをッッ!!」
「あ……あっ!」
ルーチェらに指示し、受け取るや否や、倒れ伏す市ヶ谷の上に、置いた。
それも一つではなく――三つ、四つと。
「…………!!」
ルール上は、反則裁定なし。
だが、これはあまりにも――
市ヶ谷の姿が見えなくなるまでに机が積み重ねられる。
そこへ、更に。
「……せいっ!!」
十六夜、非情のテーブル上ボディプレス!
あまりの凄惨な有り様に、場内声も無し――
「れ……っ」
「麗華様ァァーーーーーッッ!!」
そう叫んだのは、JWI軍の誰かであったか。
「――――ッッ!!!」
テーブルの山にうずくまっていた十六夜美響が、身を起こした。
と、同時に――
<<オーーーーーーーーッホッホッホッホッ!!!!!>>
哄笑と共に、鮮血にまみれたビューティ市ヶ谷が、テーブルを跳ね飛ばしながら、復活!
<<ウォーミングアップは――――終わりですわ!!!!!>>
「…………ッ!!」
茫然と立ち尽くす十六夜ににじり寄るや、首根っこを掴み、そのままコーナーへブン投げる!
「う、ぐ……っ!?」
悶絶する十六夜を引っ張り上げるや、コーナー最上段に抱え上げ――
――スペーストルネードビューティボム!!(錐揉み雪崩式ビューティボム)
市ヶ谷大流血も、執念の反撃でかろうじて勝利を掴んだ――
○市ヶ谷 vs 十六夜×(13分33秒:スペーストルネードビューティボム)
「Monster……!!」
思わずそうつぶやいたのは、ルーチェだったか、羊子だったか。
<五本目>:???
ついに2-2の五分のまま、最終決着戦となる五本目に到達した。
大型ビジョンに映し出されたルーレットによって決定された、五本目のルールは――
――シックスメン・タッグマッチ!!
両軍、パートナーを二人選んでの一本勝負。
ここで十六夜が挙げた名は、神塩や伊達らではなく――
「――ルーチェ・リトルバード――」
「……What??」
よもや、ルーキーのルーチェ、そして、
「――オースチン・羊子」
「……はぁぁっ!?」
あろうことか、デビューすらしていない、羊子であった。
「フン……ッ、そちらがその気なら――」
市ヶ谷が指名したのは、これまたルーキーの〈水上 美雨〉と〈紫乃宮 こころ〉。
いわば五分の様相となったわけだが、
「ちょ、ちょっと待って下さいよっ。オレはっ」
「コスチュームは、持ってきているでしょう――?」
「…………っ」
<五本目>:シックスメン・タッグマッチ
《ビューティ市ヶ谷》(JWI) & 〈水上 美雨〉 & 〈紫乃宮 こころ〉
VS
《十六夜 美響》(VT-X) & 〈ルーチェ・リトルバード〉 & 〈オースチン・羊子〉
ダメージの大きい十六夜と市ヶ谷はほぼリングインせず、実質、若手同士のタッグマッチという形の展開。
ルーチェがこころと場外戦を展開しているさなか、羊子にチャンスが訪れる――
「DEEEEYA!!」
「……うっおっ!?」
美雨を高速ブレーンバスターで投げ、鎌固めに移行。
「ぐ、お、おぉぉ……っ!」
そこから更にがぶり状態に戻り、ヒザ蹴りを連発!!
これぞ、デビューを目指し、ルーチェとの特訓で身に着けた必殺技・“ホーンズ・オブ・エイリース”!!
初披露にして、大一番の決着をつけるか――と思われた。
が、突然、衝撃が羊子を襲った。
「う……ぐっ!?」
強烈なダメージに、たまらず技を解く――
見上げた先にいたのはしかし、こころでも、市ヶ谷でもない。
「な…………ッ!?」
「クッククク……ッ、いいザマだなぁっ、ニセ外人野郎ッッ!!!」
哄笑とともに、更にイスを振り下ろしたのは――
「る、ルミ……ッッ!?」
リングに戻ってきたルーチェも、驚愕の色を隠せない。
「な、何……ッ、考えてん……だっっ! Dxxkhead!!」
「考えてるさ、てめーらよりは、なッッ!!!」
――おい、アイツ、例のアレじゃねぇっ?
――そうだ、アイドルから逃げ出した、なんとか留美!!
そのまま、羊子はもとより、ルーチェや美雨など、敵味方かまわずイスで殴打する留美。
混乱の中、颯爽とリングに駆け上がる影ひとつ。
「少し、おイタが過ぎるようね――」
「!!」
留美を一撃し、イスを奪い取ったのは、JWIのナンバー2・《南 利美》であった。
「……イスって言うのは」
そして、そのイスを留美目掛けて振り下ろす。
「こうやって、使うのよ――」
バキィッッ!!
「お……ごぉっ!?」
「な……?!」
南がイスで殴打したのは、留美ではなく――味方のはずの、美雨。
場内騒然とする中、南は市ヶ谷や十六夜もイスで蹴散らし、リング上を占拠。
「いいかげん、貴方の気まぐれに付き合わされるのも、我慢の限界ってことよ――」
市ヶ谷に三行半を叩き付け、JWIのジャージを脱ぎ捨てる南。
その下には着込んでいるのは、
「……【ジャッジメント・セブン】!?」
「そういうこった――――」
これも意気揚々とVT-Xのジャージを脱ぎ捨て、J7シャツを誇示する留美。
新女を中心に猛威を振るう反乱軍と、加担したというのか。
「ふ、ざけ……やがって……ッッ!! U Sxxk Ass!!」
怒り心頭に達した羊子は、留美に飛びかかったが、
「小賢しいんだよッ、雑魚がッッ!!」
「ぐ……あッッ!?」
豪快なチョークスラム一閃、リングに叩き付ける。
「ルミィィィーーーーッ!!」
「ウッグッ!? てめ……ッ!」
ルーチェ、怒りのトラースキックが留美のアゴにヒット――
その後――
雪崩れ込んできたJ7勢がリングを荒らしまわり、JWI・VT-X軍と入り乱れての大乱闘。
試合が無効となったのは、言うまでもない。
▲羊子 vs 美雨▲(19分54秒:留美らの乱入によるノーコンテスト)
南らが撤収すると、残された市ヶ谷・十六夜は共闘を宣言、J7打倒を掲げた。
ルーチェや羊子もまた、そんな渦中に巻き込まれていくことになるのであろうか。
◇
▼日本 東京都新宿区 BAR『Dead End』
「――御苦労様。なかなかの暴れっぷりだったじゃないの」
「そりゃアどうも。……」
騒動の後。
J7軍の打ち上げに参加した留美は、南にそう労われた。
「そのデカさを上手く生かせば、好きなように暴れ回れる。期待させて貰おう」
これはJ7のリーダー格・《越後 しのぶ》の言。
「流石、神楽サンの従妹だけあって、度胸はあるなぁ~。ま、こないだの件は、ご愛嬌ってことで」
そう笑い飛ばすのは《成瀬 唯》。
かつては神楽と同じワールド女子に所属していたが、現在はフリーとなり、J7に参加している。
他でもない、留美に連絡を入れてきたのは――彼女であった。
「……ひょっとして」
「ン?」
「いや。……何でもねェ」
まさか、神楽が成瀬に、留美の身柄を託したのでは?
……という疑いが一瞬浮かんだが、すぐに振り払った。
そんなはずはないし、万が一そうだったとしても、知ったことではない。
(これからは――俺の、好きにやらせて貰う)
(そう、好きなように、な……!)
◇
そして、一ヶ月後――
▼日本 東京都新宿区 国立霞ヶ丘陸上競技場
新日本女子プロレスの――いや、日本最大のプロレスの祭典『Athena Exclamation X』が開催された。
国立競技場には10万人近いオーディエンスがつめかけ、史上最大規模のイベントとして盛大に幕を開けたのである。
大会のサブタイトルは“Last Judgment”――――
その名の通り、【ジャッジメント・セブン】が中心となるマッチメークが行なわれ、《ビューティ市ヶ谷》が久々に新女のリングに上がり、《サンダー龍子》が初参戦するなど、色々な意味で話題の多い大会となった。
メインイベントでは、《マイティ祐希子》が負傷のため返上した“ダブル・クラウン”をめぐり、王座決定戦が行われた。
しかし、そのカードは、しばらく前なら予想だに出来ないものである。
<メインイベント NJWP・IWWF認定無差別級タイトルマッチ 時間無制限一本勝負>
《南 利美》(ジャッジメント・セブン)
VS
《武藤 めぐみ》(NJWP-USA)
市ヶ谷を裏切り、【ジャッジメント・セブン】の新たなボスとして君臨する《南 利美》と、アメリカから凱旋した新女の新鋭・《武藤 めぐみ》の対決。
新星武藤の縦横無尽な無重力殺法に大観衆は酔いしれたが、久々の祭典登場となった南も緩急自在の攻めで応じ、次第にペースを掴んでいく。
そして終盤、武藤の秘技・“フロム・レッド・トゥ・ブルー”(青コーナーに配置した敵めがけ、赤コーナー最上段からミサイルキックを放つ超跳躍技)を受け切った南が、新技“ダブルクロス・サザンクロス”(変形リストクラッチ式エクスプロイダー)を繰り出し、決着――
○南 vs 武藤×(24分13秒:ダブルクロス・サザンクロス)
『残念だったわね。まだまだ、貴方じゃ勝てないって事よ――』
“ダブル・クラウン”を奪取した南、そしてJ7が、新日本女子の覇権を握ることとなった。
混迷を深める日本の女子プロレス界は、更なる闘いのステージへ突き進む――