一難去って?
試合後、ベルトを巻いた越後は、マイクを持ってこう切り出した。
『それをコイツが、あたしを無理矢理こんな舞台に引っ張り出した上、
人が最後と思って感傷に浸ってるところをぶっ叩いて働かせてくれた……!』
越後は、傍らに寄り添う相羽の、汗だくの頭を力一杯撫でまわす。
『お陰で目が覚めた!まだこんな中堅で燻ったままで終われるか!
これからまだまだコイツと一緒に目立ってやるから、応援よろしくお願いしますッ!!』
思いもよらないベテランの復活に対し、観客は一様に大きな声援をもって支持してくれる。
そんな中、満身創痍の新タッグ王者は互いに寄り添う形で記念写真に収まった。
一方、フラッシュと歓声を浴びる勝者たちを背に、すごすごと引き上げて来た美月たち。
「……なんか、すいませんでしたね」
「いえ、私こそ……」
二人しかいない控室は、どんよりとしていた。
パイプイスに向かい合って座った二人は、共にタオルを頭から被ってうなだれている。
油断ならない相手ではあったが、正直言って負けるとは思っていなかった。
越後によって身体的・精神的に成長を遂げた相羽の実力も、
その越後自身の経験や勝負強さも、計算づくのつもりであったのだが。
伊達に力づくで叩き潰された時、また美冬にレフェリーストップで不本意な敗北を喫した時とも違う、
美月にとって腑に落ちない負け方であった。
(一人の負けじゃあ、ないってことか)
神田と組むことで初のタッグ王者となり、防衛を重ねることその後二回。
越後と相羽ほどではないにしろ、美月も神田に指導のようなことをし、
互いに影響しあうことで実力を高めあってきた。
そうしてタッグとしての自信を深めつつあった矢先の躓きである。
「……これで終わりというわけではありません。また、やり直しましょう」
「そうですね。……もう一度、挑戦しましょう」
長い沈黙の後、ようやくそれだけの言葉を絞り出し、二人が帰り支度を始めようとした時、
「美月先輩!」
控室の扉を勢いよく開き、慌てた早瀬が飛び込んできた。
「早く来てくださいっ!次期挑戦者に呼ばれてますっ!!」
早瀬に引っ張られる形で入場ゲートの裏まで連れられて来た美月は、
そのまま背中を突き飛ばされるようにして再度観客の前に姿を現すこととなる。
『遅っそいじゃないのチャンピオン!さっきからずっと呼んでたんだから』
神楽が呼ぶリングの上を見た美月は、そのまま凍りついてしまった。
それぐらい、リング上の勝者と敗者はあまりにも対照的だった。
片や汗一つかかず余裕の表情で不敵な笑みを浮かべる神楽に対し、
美冬の姿はあまりにも惨め過ぎた。
ところどころコスチュームは破れ、露出した肌には真っ赤な痣が走っている。
そしてその右手は、なんと手錠でトップロープと繋がれていた。
右手を繋がれたままその場に崩おれる美冬の表情は窺えないが、
恐らくは羞恥のために震えていることだろう。
『さあ、本番はどんな試合がいいかしらね?』
もう一つのベルトを守るため、美月に敗戦を引き摺っている暇はなかった。