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「スパイラルボム」 杉浦美月&神田幸子VS相羽和希&越後しのぶ 2

「ようし……ッ!」
 タッチを受けた越後はすぐリングに入ろうとせず、
 エプロンを伝って中央付近まで行き、リング内を向いてトップロープを掴む。
 狙うのは、顎を跳ね上げられたダメージから足元をふらつかせる美月の頭。
 エプロンから一気に飛び上がり、両足の裏でしっかりとトップロープを捉えた。
「先輩っ!!」
 神田の叫びも空しく、リング内に向けて飛び上がった越後は、
 スワンダイブ式のドロップキックで美月の後頭部を蹴り飛ばした。
 華麗さは無いが、勢いと説得力を感じさせる越後の得意技であったが、
 最近では滅多に見られなかった。
 前につんのめる形でダウンさせられた美月は、
 続けて頭部に大ダメージを負わされたため容易に起き上がれない。
「ちっ……」
 鈍く痛む頭をどうにか持ち上げかけたところで、
 越後の手が美月を無理矢理リング中央へ引き摺っていく。
 頭を押さえて前傾姿勢にさせた美月の額を、越後は容赦無くステップキックで蹴り上げた。
「ぐっ」
 靴紐の跡が残るほど強烈に蹴り上げられ、強制的に顔を上げさせられる。
 そこへ間髪入れず越後の強烈な張り手。
「どうしたっ!?」
 踏ん張って耐えた美月に対し、越後は打ってこいとばかりに挑発する。
 思わず美月が張り返し、越後もまた美月の顔を張った。
(付き合ってられるかっ)
 何度か張り手の応酬を繰り返したあと、美月は早々にこれを切り上げるべくロープを使った。
 反動をつけた美月のエルボーを仁王立ちで受け止め、今度は自分の番と越後がロープへ走る。
 その戻ってきたところを見計らい、美月は越後の膝を低空ドロップキックで打ち抜き、
 そのままさっさと神田にタッチした。
「うおおおお……っ!?」
 が、勢い良く飛び出した神田を、
 既に立ち上がっていた越後はカウンターのパワースラムで切り返した。
 これを神田はカウント2で返したが、越後はすぐさま引き起こしてコーナーに叩きつける。
 コーナーを背にした神田へ膝を入れて怯ませ、両足を払って尻餅をつかせた。
「よっしゃいくぞー!!」
 青コーナーに控える相羽と一緒に観客を煽っておいてから、
 越後は、リングシューズの側面で擦るように神田の顔を蹴る。
 おい、おい、おい、と、何度も同じように神田の顔を擦るにつれ、
 相羽と観客が声を揃えて越後を囃し、その声に後押しされた越後は、
 最後にコーナー間を往復する形で助走をつけ、思い切り神田の顔を蹴り飛ばした。
「よぉーしっ!!」
 越後しのぶ、数年来なかった好調ぶりである。

(何かあるな……)
 越後たちとは、挑戦表明からこの日まで何度か前哨戦を戦う機会があった。
 その際、相羽については元々かなり気合が入っていたが、
 越後については特段どうという感想もなく、どちからというと影が薄かった。
 気がつけばこの団体の所属レスラー中最年長となっていた越後は、
 既に半分コーチのような存在であり、特にここ最近は存在感が希薄となっている。
 そろそろ引退するのではないか――というのが大方の見方だったため、
 相羽がパートナーとして名前を上げた時は、大体の人がかなり意外だと感じたものである。
 それが本番に来てこの奮闘ぶり。
 試合開始直後の相羽とのやり取りが原因かどうかわからないが、
 ともかく何か心境の変化なり事情があったように思われる。
 が、ちょっとぐらい気合が入ったからといって、それでベルトを取られるわけにはいかない。
 タッグとしての経験で勝る美月と神田も、当然ながらやられっぱなしではなかった。

「うっぐ」
 試合時間が十五分を越えていよいよ終盤に差し掛かろうというところ、相羽対神田の局面。
 神田のボディブローが相羽の腹部に突き刺さった。
 相羽を前傾させたところで、神田は側面方向のロープに走る。
 右足を振り上げつつジャンプ、左足と右足で挟み込むような踵落としを相羽の後頭部に見舞った。
 しかし、相羽は片膝をついたものの倒れない。
「負けるかぁ……ッ!」
 すぐに立ち上がり、右→左→右とエルボーを打ちこんで神田をロープに押し込み、
 仰け反った神田をロープに張り付けるようなエルボーの連打。
「っりゃああぁぁぁ!!」
 そこから反対側のロープを背に受け、全体重を乗せた渾身のエルボー。
「……っざけるなぁッ!!」
 だが神田も意地を見せる。
 相羽が突っ込んできた勢いを背後のロープで跳ね返して相羽を突き飛ばし、
 左右の掌底を連打して中央まで押し返した。
 更に相羽もエルボーを返し、神田もまた張り返す。
(ここだっ)
 何度目かの応酬のあと、相羽の右腕の影から被せるように神田の左腕が伸びた。
 電光石火のクロスカウンター。
 過去にも相羽を斬って落とした裏技が、今回も相羽の顎先を鋭くかすめた。
「っ!?」
 が、同時に今回は相羽の拳も神田の頬にめり込んでいた。
 これを読んでいたのか、相羽はエルボーと見せかけて自分も拳を伸ばしていたのだ。
 二人は重なり合うようにして前のめりに倒れた。
「神田っ!」
「相羽ぁ!!」
 ダブルノックアウトとなった二人に、両コーナーから同時に檄が飛ぶ。
 それに応えるようにしてじりじりと自陣に這い寄った二人は、
 ほぼ同じタイミングでパートナーの手に飛びついた。
 飛び出すと同時にフロントハイキックを繰り出してきた越後をいなし、美月はバックを取る。
 越後は腰のクラッチを外そうと試みたが、既に美月の両手は越後の両肩にかかっていた。
 跳び箱の要領で越後を飛び越しつつ、その後頭部を掴んで体重をかけ、
 落差をつけたフェイスクラッシャー。
「決めるッ」
 美月は、決定事項を読み上げるように淡々と宣言した。
 と同時に、コーナーから身を乗り出していた相羽にトラースキック一閃。
「……っこの!」
 クリーンヒットしなかったものの体勢を崩した相羽が飛び出しかけたが、
 そこへすかさず神田が襲い掛かり、同体になって場外に転落した。
 邪魔者のいなくなった美月は、
 片膝をついて立ち上がる越後をその背後で静かに待ち、一気に動く。
 まずは後ろから越後の左足を踏み台にし、右膝で下からカチ上げるように後頭部を打つ。
 そのままの勢いで越後を跨ぎつつ正面のロープを背に受けた。
 そして今度は正面から越後の膝に足をかけ、体重を乗せた前蹴り。
 ここ最近の必勝パターンのようになっている二発が完璧に決まった……が、
 越後は顔面を蹴られた瞬間に立ち上がった。
「なっ!?」
 美月の前蹴りを受けた鼻から血を流しながらも、越後は美月の両足の間に頭を入れ、
 パワーボムの形で持ち上げる。
 大きなどよめきの中で美月を抱え上げきった越後は、
 体に捻りを加えることで美月を回転させながら、開脚して尻餅をつく形でパワーボムを放った。
「あ……先輩っ!?」
 場外で相羽を押さえつけていた神田が一転してカットに入ろうとしたが、
 すかさず相羽がその腰にすがりついてこれを止める。
 1、2、……と、観客とレフェリーが一体となってカウントを数えるも、
 3直前で美月は両足で越後の頭を挟み込むように打ちつつ、腰から背中を浮かすことで敗北を拒否。
 観客が一斉に足を踏み鳴らす中、またも試合は振り出しに戻った。
 二人共にしばらく立ち上がれずもがいていたが、先に立ち上がったのは美月。
 ふらつきながらも越後を引き起こした美月は、トーキックを入れて越後を前傾させる。
 やはり最後はこの技しかないとばかり、太股で越後の頭を挟み込み、パイルドライバーの姿勢。
 既に定着しきったフィニッシュホールドの姿勢に、観客は今度こそ試合の終わりを予感した。
 場外では、再度神田が相羽を押さえつける側に回っている。
「終わりです、先輩」
 思わず口をついて言葉が出たと同時に踏み切り、
 越後を真後ろのマットに突き刺すための前転に入ろうとした時、
「……お、終われるかッ」
 体が持ち上がりかけたところで、越後は美月の両膝を前に押し出し、自分の頭を抜いた。
 一瞬、宙に浮かされる形となった美月が着地した瞬間、その首を刈り取るようなラリアット。
「うおおおおおおおおおおお!!」
 身体的にはとうにボロボロのはずの越後が、心は折れていないとばかりに咆哮する。
「くっ、先輩……!」
「決めて!越後さん!!」
 場外では、またも逆転された美月を助けに向かおうとする神田を、相羽が必死で引き止めていた。
 ゆっくりと美月を引き起こした越後は、再びパワーボムの体勢へ。
 持ち上げきると、今度はその場でまず一回転したあと、
 その回転の勢いのままシッとダウンパワーボムで美月をマットへ叩きつけた。

by right-o | 2012-03-04 18:21 | 書き物