「ダイヤモンドダスト」 杉浦美月&神田幸子VS相羽和希&越後しのぶ
美月組対相羽組のタッグ王座戦がセミ、
神楽対美冬の次期世界王者挑戦者決定戦がメインに据えられた今回、
会場は代々木第二の倍以上の容量を持つ福岡国際が押さえられていた。
前回のタイトル戦時と比べて団体側が強気に出たのは、神楽戦の話題性を見越してのことである。
試合が決まってからこの日まで、神楽はリング内外を問わず美冬を挑発してきた。
美月組+神楽VS相羽組+美冬みたいなカードの前哨戦がこの日まで頻繁に組まれてきたが、
試合中はことあるごとに外から美冬にちょっかいを出し、
そのくせタッチを受けてもまともにやり合おうとしない。
そうすることで神楽は、フラストレーションを溜めていく美冬を楽しんでいるのだが、
自然その試合中、苛立つ美冬の相手をやらされることになった美月たちとしては、
たまったものではなかった。
そうして余計な被害を被りつつ迎えた美月たちのタイトルマッチは、
正直なところ話題性では完全にメイン戦の影に隠れていた。
「……まったく」
出番を待つ控室で、美月は週刊のプロレス雑誌を机の上に投げつけた。
その表紙には、立ったまま鎖で縛り上げられた神楽が、頬を上気させている。
構図としては攻めを受けている絵なのだが、その目は力強い光を持ち、
口元は何かを求めるように小さな舌をのぞかせていた。
もはや何の雑誌か全くわからない。
でも、聞くところによるとこの号は結構売れたらしい。
「そんなもの気にせず、我々は試合で注目を集めましょう!」
「もちろんです」
正論を言う神田に、美月は一も二もなく同意した。
神楽に利用された上に話題まで持って行かれた鬱憤は、挑戦者を痛めつけることで晴らしてやろう。
美月は二つ、神田は一つのベルトを肩に担ぎ、二人は控室を後にした。
挑戦者組の入場に際し、風の中、固い地面を歩く靴音が会場に流れた。
次いで扉を開き、締める音から入場テーマが始まり、一気に盛り上がりを迎えようとしたところで、
相羽の曲に切り替わる。
「いくぞッ!」
気合をかけて入場ゲートから姿を現したのは、相羽と、越後しのぶであった。
合体テーマで入場してきた二人は、揃いの白ハチマキを靡かせて花道を歩き、
堂々とロープを跨いでリングイン。
それぞれコーナーに上がった二人に、満員の観客はそれなりに大きな拍手を送ったが、
続く勇壮な太鼓の音で始まる神田のテーマによって遮られる。
まず単独で入場した神田はゲートの花道の前で立ち止まり、続く美月の入場を待つ。
ゲートの前で横に並んだチャンピオンたちは、一瞬視線を合わせたあと、リング目指して駆け出した。
ロープの下からリングに滑り込んだ二人は、相羽たちと同じようにコーナーに上り、
ベルトを大きく掲げて観客に誇示。
タッグ王者と二冠女王の登場に、観客は一際大きな声援を送る。
見たか、と言わんばかりに、美月は相羽たちを冷たく見下ろした。
が、試合開始早々、良くも悪くも観客の注目は一気に持って行かれることとなる。
美月と相羽がそれぞれ先発に出、ゴングが鳴ってさあこれから激突という時、
「………かな」
ぼそり、と青コーナーに控えた越後が呟いた。
それを聞いた相羽は、振り向いて越後の頬を思いっ切りはたいたのだ。
唖然とする美月たちと、騒然となった会場をよそに、
相羽は何事もなかったように美月と向きあうため前に出る。
美月も、とりあえず深く考えず相羽に応じた。
どちらからともなく組み合った状態から、まず美月が素早くバックを取る。
対して相羽が腰に回った美月の右手を取って捻じり上げると、美月は左手でトップロープを掴み、
小さくジャンプして前に回転することで捻じりを解消し、逆に相羽の右手を捻じり上げつつ、
そこから頭に右手を回してヘッドロックへ移行。
「……やッ」
これを相羽は一旦ロープに押し込み、反対側に突き飛ばすことで脱出。
跳ね返って来たところをマットに横になって自分の上を跨がせ、
再度ロープから戻って来たところでカウンターのドロップキック――を狙ったが、
読んでいた美月はトップロープに背中を預けたまま停止。
単純なヤツ、と言わんばかりに自爆した相羽を引き起こそうとした時、
相羽は片膝立ちの状態からタックルを仕掛けるように美月を押し込もうとする。
美月はこれに逆らわず、逆に自コーナーまで相羽を誘導するように後退し、
フロントネックロックのような形で相羽を固定したところで、その肩に神田がタッチ。
交代した神田は、まず無防備な相羽の脇腹に拳を打ちこんだ。
「……っ!」
思わず膝をついたところで、更に脇腹へストンピング。
その間に美月はコーナーに控えた。
続けて神田は、引き起こした相羽の首を捕らえてリング中央へ投げ、尻餅をつかせる。
そして背後から相羽の左脇に首を差し入れつつ両腕を首に回し、グラウンドのコブラツイストへ。
神田は脇腹に標的を絞ったようであった。
赤コーナーに控えた美月は、目ではリング内の二人を注意しながらも、
頭の中では試合開始時の出来事について考えていた。
元々相羽がタッグ王座への挑戦を表明し、パートナーに越後の名前を上げた時から、
何か相羽には胸に期するものがあったような気がしていた。
それが何か、ということについて、周囲から噂は色々と聞こえてきている。
(何にせよ、知ったことじゃない)
青コーナーから必死に身を乗り出し、相羽にタッチを要求している越後を、
美月は冷ややかに見つめた。
と、リング内では、グラウンドコブラを掛けられた姿勢から、
相羽が足を畳んでどうにか起き上がろうとしている。
釣られて自分も立ち上がりながらも、神田は通常のコブラツイストを仕掛け、相羽を放そうとしない。
「しっ」
後ろから肘を相羽の脇腹に突き立てながら、より一層締め上げる力を強めた。
「……いッやあああああっ!」
しかし、相羽は強引に神田の足を外してコブラツイストを解くと、
自分に巻き付いていた神田の腕を取りアームホイップで投げ捨てた。
「神田!」
「相羽、代わってくれ!」
両コーナーから交代を求める手が伸びたが、相羽は脇腹のダメージからすぐには動けない。
その場に膝をついてから、どうにか立って越後の元へ戻ろうとした時、
既に交代を終えた美月が脇に取りついて腰に手を回した。
低いが、捻りを利かせたバックドロップ。
相羽を投げ捨てた美月は、そう簡単に交代させるかとばかりに越後をねめつける。
が、その背後では、
「……おおおおおおおッ」
頭から投げ捨てられた勢いのまま後ろに回転、起き上がった相羽が仁王立ちになっていた。
慌てて振り向いた美月へエルボーを振り切り、ふらついたところでニュートラルコーナーへ飛ばす。
更に串刺しのエルボー攻撃を狙って突っ込んだが、これは立ち直った美月が回避し、コーナーに激突。
「このッ」
と、一旦距離を取った美月は助走をつけ、今度は自分が串刺し攻撃を狙う。
体の側面から背面を向け、串刺しのバックエルボーを喰らわせたが、
相羽は喰らいながらも美月の首に腕を絡ませスリーパーホールドに捕らえた。
「……!?」
予想外の反撃ではあったが、美月は一旦体を丸めてコーナーから前に出ると見せかけ、
その後思い切り体重を後ろにかけて相羽を背中からコーナーに叩きつける。
これで相羽は技を解くかに見えたが、今度は脇の下に美月の首を抱える形でドラゴンスリーパーに移行。
「まだ放さないよ……!」
ただ、首を締めつけるでもなく、相羽はその体勢のまま後ろ向きにコーナーを上り始める。
(何を……!?)
今までに全く見せなかった動きをする相羽に対し、美月はもがいて逃れようとするが、
相羽は構わず美月の首を脇に抱えたままでコーナートップに腰を下ろした。
そこから、両足を畳んでコーナー上に立ち、跳ぶ。
前に回転しながらリング内に尻餅をつくと、小脇に抱えていた美月の頭は、相羽の肩の上にくる。
「かはッ」
コーナーから飛び降りた衝撃は、相羽の体を抜け、肩の上にある美月の顎を跳ね上げた。
先日のシングル戦でも相羽は似たような技を見せたが、
とても自分で考えたとは思えない独創的な技である。
「……絶対、勝ちますから!」
「わかってるッ!!」
ともあれ、相羽は青コーナーに辿り着き、越後と交代を果たした。