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杉浦美月VS柳生美冬 2下

 リング内の美月が相変わらず美冬の腕を放そうとしない一方、
 場外ではみことと神田の諍いが掴み合いに発展し、
 これを止めるため、バックステージから続々と他のレスラー達が出てきてリングを取り巻き始めた。
 そんな混沌とした状況の中、本日最後の客となった人間が、会場に足を踏み入れる。
「はぁ、はぁ……なんとか、間に合ったかな?」
 赤紫色のショートヘアをかきあげ、息を切らしながら会場に入った彼女は、
 すり鉢状になった会場の一番上からリングを見下ろし、今の状況を一瞬で理解した。
「バカっ!」
 叫ぶなり、階段通路を三段飛ばしで駆け下り、ベージュのコートを靡かせてアリーナ席を突っ切る。
 勢いのまま場外と客席の間を仕切る柵を飛び越え、
 同時にコートを脱ぎ捨てて薄いTシャツに擦り切れたジーンズという姿になった。
「ちょ、ちょっとお客さ……!?」
「関係者だ!!」
 そう言って、止めに来た早瀬を強引に押しのける。
 すわ乱入者か、と騒ぎかけた観客たちの間から、
 所々で「あれは……」「もしかして……」という声が上がり、それが全体に伝播していった。
『『ジョーカーレディか!?』』
 えっ、と、リングサイドに陣取った彼女を強引に排除しようとしていた数名が固まった。
「手を放せっ!!」
 そんな一連の流れには目もくれず、リングサイドに陣取ったジョーカーは、
 エプロンに両手を叩きつけながらリング内の美月へ声を張り上げた。

 勝ち負けなんぞ関係無い。
 折ってみろというなら喜んで折ってやろう。
 そんな、対戦相手意外全く目に入っていなかった美月の耳元へ、いきなり大声が叩きつけられた。
「えっ?」
 腕ひしぎを極めたまま声のした方へ目を向けると、サードロープの下から見知った顔がのぞいている。
 私服でフェイスペイントもしていないが、半年以上一緒に暮らした人間を見間違えようはずがない。
 しかし、メキシコにいるはずの彼女がここにいるはずもなかった。
 ただただジョーカーを見つめるしかない美月へ、ジョーカーは構わず呼びかけ続ける。
「今すぐその手を放せ!技を解け!!」
「え、いや……」
 何を言われているのかわからなかった。
「お前が勝つところを見るためにここまで来たんだ!ふざけるなよ!
 反則負けなんて認めないからな!!」
「…………」
 ちょうどその時、それまで完全に無視されてきたレフェリーが、
 「これが最後だぞ」と念押しをして反則カウントを数え始めた。
「………くっ」
 カウント5寸前で、美月は美冬の腕を放した。
 ロープを頼りに立ち上がり、ニュートラルコーナーに寄りかかる。
「よしっ!!」
 ジョーカーと一部の観客たちは大いに盛り上がっていたが、
 当の美月は内心で苦り切っていた。
(何をやってるんだか……くっ)
 腕ひしぎをかけていた時の緊張が解けてみると、途端に疲労が全身から湧きあがってくる。
 だが、ここで息を吐くわけにはいかなかった
 右の肘をかばいながらも、美冬は真っ直ぐに美月を睨みつけ、
 既に膝をついて立ち上がろうとしていたのだ。

(このまま畳みかけるしか……ッ)
 美冬が立ち上がるのを待たず、美月はこのまま押し切るために前へ出る。
 が、シャイニング式の前蹴り――のため、踏み台にしようとした美冬の左膝が消えた。
 腕をかばって片膝立ちの姿勢から一瞬で跳ね上がり、いつの間にか美冬はマットと水平になっていた。
 雷迅蹴。
 空足を踏んで固まった美月の頭上に刃が閃いたが、かろうじて咄嗟に頭を振って直撃は避けた。
「くっ……」
 カウンターに専念するあまり、着地にまで気を回せなかった美冬は無様にマットへ墜落。
 よろけた所をどうにか踏ん張った美月が、倒れた美冬に再度迫ろうとした時、
 その視界が突然真っ赤に染まった。
「な……っ!?」
 どんなに腕で顔をぬぐっても、その度に髪の下から際限なく赤黒い血が湧いてくる。
 さっき避け損ねた雷迅蹴で頭を切ったに違いなかった。
「美月ッ!」
 目を開こうと悪戦苦闘していた美月の脇腹へ、すかさず立ち上がった美冬の蹴りが突き刺さる。
 ジョーカーが悲鳴のような声援を送る中、続いて美冬の右足が真っ直ぐ上がり、
 美月の頭頂部へ正面から踵が叩きつけられた。
 が、血の糸を引いた美冬の足がマットに赤い線を引いても、美月は倒れない。
 ふらつきながらも、後ろではなく前に体を傾け、美冬によりかかる。
「この……!」
 美冬は強引に突き飛ばそうとしたが、美月はその前に手探りで美冬の腕を探しあてていた。
 自分の右手首を掴んで放そうとしない美月へ、美冬は左の肘を頭へ叩きつける。
 美月はそれにかまわず、自分の体を回して美冬の腕を捻じり上げ、真下に向かって引っ張った。
 普段は試合の再序盤に見られる痛め技ながら、
 右腕を破壊されかけている美冬は大きく体勢を崩す。
「……舐めるなッ!」
 だが美冬にも意地がある。
 片腕ぐらいくれてやると言わんばかりに、ついに左手で拳を作って美月の頭を殴りつけた。
 すぐに美冬の左手が血で濡れたが、それでも美月は手を放さない。
 もう一度美冬の腕を捻ると、さらに力を込めて真下に向けて引っ張った。
 釣られて美冬の上体が沈んだところで、美月はその首を太股に挟む。
(これで最後に……ッ!)
 美冬の背中に張り付いて一回転し、その頭をマットに突き刺して意識を飛ばした。


 試合後のリング上は、一見してどちらが勝者かわからなかった。
 美冬に前転式のパイルドライバーを決めると同時に美月の意識も途切れており、
 その後本能で美冬の上に覆い被さって3カウント。
 ゴングと同時にリングドクターと他のレスラー達が大挙してリング内に押しかけ、
 この惨状を収めるため各自様々に動き回った。
 右腕を散々痛めつけられた美冬は、意識が無いままリング内から担架で静かに運ばれて行く。
 同じく意識の無い美月には、ひとまずタオルで頭の傷を押さえて止血の措置が取られた。
 その間にマット上を汚した血が拭きとられ、綺麗になったリングの前にずらりとカメラが並ぶ。
「……仕方無いな」
 意識の無いままの美月の脇へ自分の頭を差し入れると、ジョーカーは強引に美月を立ち上がらせ、
 目配せされた神田と相羽は、美月の肩にベルトをかけてやりながら、
 美月を挟んでジョーカーの反対側に並んだ。
 心配する気持ちもあったが、二人もひとまず誇らしい気持ちを表情に出す。
「はい、チーズ、ってね」
 ジョーカーの肩に頭をもたせかけ、彼女の服を血で汚しながら、
 美月は試合後の記念写真に収まった。
 服のことなど全く気にかけず、ジョーカーは赤と緑が入り混じった頭へ、優しく頬ずりしてみせた。

by right-o | 2012-01-28 20:02 | 書き物