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「真剣」 杉浦美月VS柳生美冬 2上

 ともかくもゴングが鳴り、試合が始まった。
 と同時に、美月は半ば突進するように前へ出る。
 理性を憎悪で塗りつぶし、相手を痛めつけることしか考えない。
 すかさず美冬の右足が動く。
 不用意に近づいた美月をミドルキックが打ち、立てた爪先が脇腹へめり込んだ。
 プロレス的な見せ方を無視したこの種の打撃は、普通なら転げ回るほど痛いのだが、
 美月は血が出るほど唇を噛んでこれに耐え、逆に蹴り足を掴む。
 すぐさま左足を刈って倒し、両手で持った右足を跨ぎながら自分も倒れ込み、膝十字固めへ。
「チッ」
 美冬は冷静に、這ってロープまで辿りついた。
 対して美月は、一旦素直に技を解くかに見せ、右足を掴んだままリング中央へ美冬を引き摺り戻すと、
 足先を持ったまま右膝の側面に自分の右膝を乗せてマットに押し付け、
 そのまま足先を真上に引っ張ることで、膝から下を横方向に押し曲げる。
 足狙いか、と、美冬と観客たちは美月の狙いを推察した。
 前回肘を徹底して痛めつけられた意趣返し、
 かつ美冬の武器である足を集中的に攻撃することは、理に叶った攻めでもある。
 ただ、美月の取った体勢は、相手が這って逃げようとしてもすぐに引き戻すことができる代わり、
 押さえつけている右足以外は、仰向けの状態からほぼ自由に動かすことができる。
 そのため、美冬は左足で美月を蹴って逃れようとした。
 最初は前に蹴り飛ばそうと試みたが、美月は容易に放さず、さらに右足を曲げる手に力を込める。
 埒が明かないと見た美冬は、寝た状態から勢いをつけて左足を振り回した。
「くっ」
 足先が鼻をかすめ、思わず美月は体勢を崩す。
 強引に右足を捻ることとなり多少痛みを伴ったが、美冬は振り回した左足を軸に素早く立ち上がった。
 そして、慌てて立ち上がろうとした美月の側頭部へ、右足が一閃する。
 こめかみが波打つような蹴りだった。
 わぁっ、と客席が沸き返り、その後正しく糸の切れた人形のように、
 美月は膝を折り、その場に崩れ落ちる。
 美冬がカバーに行こうとしないのを見て、レフェリーはダウンカウントを数え始めた。
「っぐ……!」
 一部観客が熱狂的な声援を送り、相羽と神田がエプロンを叩いて必死に声を張り上げる中、
 1、2、3……と、カウントは淡々と数えられていく。
 5が数えられた時、美月はマットに手をつき、ついで膝を立てて立ち上がる気配を見せる。
 その様子を、美冬は一歩下がって冷ややかに見つめていた。
(今度は、腕では済まさん)
 朦朧とする頭を振りながら、歯を食いしばって立った美月を見てカウントが止んだ瞬間、
 美冬のソバットが美月の腹部を抉った。
 声にならない呻きを上げ、美月は再び膝をつく。
 それでも、美月が必死で顔を上げて反攻の意思を見せようとした時、美冬は既に背中を向けていた。
 直後、全く同じ軌道のソバットが、今度は先ほど蹴ったのと同じ位置にあった美月の額に炸裂。
 弾き飛ばされた美月の頭がマットを打ち、完全に大の字の状態でダウン。
 同時に、踵が額を切ったらしく血が飛んでいた。
 あまりに非情な攻撃に会場中が凍りつく中、再びダウンカウントが数えられ始める。
 誰もが終わりを予感したが、カウント3の時点で美月の上体が不意に起き上がった。
(目が覚めた……!)
 朦朧としていた意識が、額の痛みで一気に覚めた感じだった。
 額から血を流しながらも、美月はまるでダメージが無いかのように立ち上がる。
 だが美冬も動じない。
 だったら息の根を止めてやるとばかりに、トドメを狙ってロープへ背中を預けた。
 助走をつけた、顔面への雷迅蹴。
 先日のトーナメント初戦で上戸をKOした一撃である。
 しかしロープから数歩踏み出した時点で、美月の姿が消えた。
 絶妙なタイミングと速度で低空ドロップキックを放った美月は、
 美冬の右膝を打ち抜き、マットへ前のめりに倒すことに成功した。
 すぐに立ち上がり、美冬と平行方向のロープへ走る。
 ちょうど美冬が両手をついて頭を持ち上げたところへ、さらに低空ドロップキック――というのが、
 美月を含めてよく使われる一連の流れであったが、
「鳴けッ」
 美月は、マットについていた美冬の右腕を思いっ切り蹴り飛ばした。
「がぁっ……!?」
 右腕を蹴られた勢いで回転して仰向けになった美冬が、咄嗟に右腕を左手で庇おうとするところ、
 その手を強引に引き剥がし、美月は即座に腕ひしぎ十字固めを極めてみせた。
 ほんの数瞬の逆転で呆気に取られながらも、観客は美月の意図を理解した。
 最初に足を攻めると見せておきながら、裏ではずっと腕を狙っていたに違いない。
「さあ、タップか、ギブアップか、選べ……!」
 蹴りの威力は比べるべくもないが、その代わり追撃は徹底している。
 美冬の腕は完全に伸びきっていた。
 ただ、激痛に苛まれながらも、美冬はきつく目を瞑ってこれに耐えた。
 ああそうかい、とばかりに、美月はほんの一瞬だけ体を浮かせると、
 両手で掴んでいた美冬の右腕を自分の左脇の下に差し入れ、
 左の前腕を支点にして体を反らした。
「くっ、あああぁっ……!」
 体を浮かせて逃れようとする美冬を両足で押さえつけ、
 腕をへし折らんばかりに容赦無く全体重を後ろに預ける。
 それでも美冬は、前回の美月がそうであったように、顔面を痛みで蒼白にしながら耐えてみせた。
 ギブアップの意思を確認するため、
 傍らで膝をついて美冬を覗きこんでいたレフェリーが、ここで不意に立ち上がろうとする。
 この状況を見るに見兼ね、前回と同じくストップをかけようとするためである。
 だが、これを察した美冬はレフェリーの胸倉を掴んで引き寄せた。
「止めるな……っ!」
 断れば殺すと言わんばかりに睨みつけられ、流石にレフェリーも躊躇する。
 そして、狙ってやったかはわからないが、こうして若干体が浮いたのを利用し、
 美冬はロープ際ににじり寄っていた。
「卑怯だ!!」
 場外で自分のことのようにエキサイトしている相羽と神田が、
 思わず抗議の声を上げてエプロンを拳で乱打する。
「もう少しっ!」
 逆に、少しずつロープに近づく美冬に、みことが声援を送っていた。
 そしてついに、レフェリーを掴んだまま美冬は足先でロープに触れた。
 しかし美月は技を解かない。
 すかさずレフェリーが反則のカウントを数え始めるが、それでも意に介さず、
 美月は美冬の腕を脇の下に絡め取ったまま。
「放しなさい!!」
 これに対して、今度はみことが抗議する。
「そっちがズルをしたんじゃないか!!」
 思わず神田が、エプロンに膝をついて上がろうとしたみことの肩を掴んで引き摺り下ろした。
「なんですかっ!?」
「なんだよっ!?」
 相羽と神田にみことが相対し、場外でも一触即発の状態となった。
 一方、リング上では相変わらず技を解こうとしない美月に対し、
 レフェリーが何度も目の前で指を立てて反則カウントを取っているが、
 元から勝ち負けを度外視しているかのように、美月は平然と腕を固め続ける。
 試合は混沌としつつあった。

by right-o | 2012-01-12 22:56 | 書き物