美月、テロリストと化す

 挑戦者決定トーナメント決勝戦から一ヵ月後。
 美月を破ってトーナメントを制した美冬は、勢いのまま伊達を降して新王者となった。
 その試合の翌週、東京・後楽園ホール。
 休憩前、ベルトを巻いた姿でリングに上がった美冬が、マイクを持って何かを言おうとした時。
 西側雛壇の裏から一人の影が走り出た。
 肘の上までギプスで固めた右腕を三角巾で吊り下げた影は、
 美冬の背後から忍び寄ってリングに転がり込み、三角巾を外して不自由な右腕を振り被る。
 あっ、と観客が声を上げる間を与えず、美月は美冬の後頭部を右腕のギプスでぶん殴った。
 前のめりになった美冬が振り返ったところ、その横っ面にも一撃。
 倒れた美冬をリング下に蹴り落し、自由な左手でマイクを取る。
「一応、ベルト奪取おめでとうございます」
 そう言いながら、美月は傍に転がっていたベルトをリング内から美冬の方に蹴り出した。
「ただ、もうこんな物はどうでもいい。もう一回私と戦いなさい。
 仮にもチャンピオンは逃げませんよね?」
「くっ、今度はベルトを懸けてお前と戦えというのか!?」
 激昂した美冬がエプロンまで上がったところへ、美月は再度右腕を叩きつけて場外へ落とした。
「だから、どうでもいいって……!黙ってもう一回戦え!
 今度は私が、お前を私と同じ目に遭わせてやる!!」
 美月も激昂していた。
 ここでようやく下の階からから他のレスラーやスタッフがどやどやと現れ、二人の間に割って入る。
「必ず、お前に悲鳴を上げさせてやる!やめてくれと懇願させてやる!!」
 止めに来た同僚から揉みくちゃにされながら、美月はそう叫んで引き立てられていった。


「というわけで、戻ってきました」
「というわけで、って……怪我はもういいんですか?」
 控え室に運ばれてくるなり、けろっと普段の様子に戻った美月を見て、神田が呆れていた。
 美月を連行してきた者たちの大半が引き上げたあとには、神田と相羽だけが残っている。
「折れてはいませんからね。このとおりです」
 既に切れ目が入っていたギプスをすぽっと引き抜いて、美月は生の右腕をを振ってみせた。
「靭帯の損傷だけなので本当は不要だったんですが、
 今日のために無理矢理ギプスを作ってもらいました」
「え、えー……」
 相羽まで呆れ返った。
「……これぐらいやらなきゃ、気がすまないんですよ」
 右腕を曲げたり伸ばしたりしながら、美月はまた表情を固くする。
 互いに顔を見合わせて首を振った神田と相羽が、続けて何か話しかけようとした時、
 不意に控え室のドアがノックされた。
「あのー、すいません」
 後輩の早瀬が、遠慮がちに顔をのぞかせた。
「雑誌記者の方が、杉浦先輩にお話を聞きたいそうなんですけど……」
 ああ来ましたか、とばかりに、美月は自然な足取りで早瀬の方に歩いていく。
 残された相羽と神田は、またもや顔を見合わせた。

 さらに一週間後、道場。
「早瀬おそーい。はい50回追加ー」
「うぇえええええ……もう無理です……」
 壁際に立たされた早瀬が、汗だくになりながらスクワットをしていた。
 その横で、越後が持ち込んだ竹刀を肩に担いだ六角が、嬉しそうに指示を出している。
「口を動かす前に足を動かしなー。相羽はまだピンピンしてるよ」
 早瀬の隣では、相羽が二倍ぐらいの速さで上下動していた。
 元々基礎には力を入れている上、越後がついてからより一層体力が強化された相羽である。
「あ、相羽先輩と比べないでください……。越後先輩、もう上がってもいいですよね……?」
 ここで早瀬は、そもそもの指導係である越後に助けを求めた。
「あと50回か、相羽が終わるまでか、好きな方を選べ」
 目の前のベンチに座っている越後は、読んでいた雑誌から顔を上げ、
 それだけ言ってまた視線を元に戻した。
「あと50回頑張ります……」
「ほらほら、形が崩れてるよー」
 越後から一時的に指導役を任された六角が、楽しそうに竹刀で床を叩く。
 そんな光景をよそに、越後はもくもくとある記事を読んでいた。
 その両脇からは、内田と上戸も雑誌を覗き込んでいる。
「ちっ、オレもやってやろうと思ってなのになあ。先を越されちまったよ」
「その上単独インタビューとは」
「やられたわね」
 三人が見ているは、先週の後楽園で美月が起こした騒動の記事だった。
 そこには、先月のトーナメント決勝から先週に至る流れと、
 最後には1ページを使って美月に直接話を聞いたインタビュー記事が載っていた。
「どうもこういうやり方は好かない」
 雑誌を開いたまま上戸の膝の上に押しやり、越後がそうこぼした。
「そうかしら?でもあんな負け方をして、何もしないのはやられ損よ」
「……そういうもんか。逞しいというか何というか」
 内田に言われて、越後は半分呆れつつ感心した。
「まあその辺は何でもいいんだけどよ、大口叩いといて本当に勝てんのか、アイツ?」
 インタビューの中でも、美月はリング上で言ったのと同じような主張を繰り返している。
 行動も言動も、今までの美月からは考えられないことであった。
「相手が美冬だからなあ……あれも圧倒する時は圧倒する代わり、負ける時は案外コロッと負けるし」
「そっか。前回もあの事故が無きゃわかんなかったもんな」
 越後の分析に、今度は上戸が感心した。
「あれは故意よ。少なくともあの子はそう思ってるし、今度はやり返すと言ってる。
 それがどう出るか、ね」
「それと仮に勝ったとしても、それが本人と周囲のためになるかどうか」
 内田と越後は、それぞれに思うところがありそうである。
 良くも悪くも、これまでにない注目が美月に集まる中、問題の試合は二週間後に決定していた。

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by right-o | 2012-01-03 23:07 | 書き物