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「ショットガン」 杉浦美月VS相羽和希

 世界ヘビー級王座挑戦者決定トーナメント。
 こんなものが、いきなりぶち上げられた経緯はひとまず置いておくとして、
 間もなくその第一試合目が始まろうとしていた。
 場所はプロレスファンおなじみ、聖地後楽園ホールである。
 ここで8人がトーナメント第一戦を戦い、
 残った4人が後日ワンデートーナメント形式で準決勝、決勝を戦い、
 優勝者、つまり王者伊達遥への挑戦者を決定するのである。

「ふん」
 入場を控え、リングのある5階に上がる階段の前で、美月は小さく鼻を鳴らした。
 上では、先に入場している相羽のものらしい、聞き覚えの無い曲が鳴っている。
 特徴的なリズムのドラムから始まる、今までの相羽らしからぬ勇ましさを感じさせる曲だった。
「……あの、何か気に障ることでも?」
 入場時に人混みを掻き分ける露払い役の早瀬葵が、
 自分が何かしたのではないかと心配そうに振り返る。
「いや、別に」
 普段と変わらぬ無表情ながら、どこか不機嫌そうな気配を漂わせている先輩を見て、
 後輩の早瀬は肩をすくめて前を向き直った。
 その内に相羽の曲がフェードアウトしていき、美月の曲に切り替わる。
 ふぅ、と息を整え、美月は前に立つ早瀬の肩に手を置いた。
「それじゃ、お願いします」
「は、はいッ!」
 先に飛び出して行った早瀬に続き、美月もゆっくりと5階への階段を上がる。
 早瀬他数名の後輩が作ってくれている通り道の中を、美月は堂々とリングへ進んで行った。
 東側席の後ろを通り、南側の観客が差し出している手にほんの少しだけ触れてやる。
 リング脇の階段からエプロンに上がり、ジャケットと入場用のダテメガネを放り投げ、
 ロープをくぐってリングイン。
 よく言えば、自信に満ちた、悪く言えば、キャリアの割にやや尊大な、
 既に確立されかけていると言っていい、「杉浦美月」の立ち居振る舞いであった。
 赤コーナーを背に対角線上を向いた美月の前では、相羽が真っ直ぐにこちらを見つめている。
 そしてその下、場外で青コーナーに寄り添っているのは越後しのぶ。
(さて、少しはマシになったのかどうか)
 ちょっと前から、相羽は熱心に越後の指導を受けている様子であった。
 相羽は最近あまり重要な試合が無かったので、その効果のほどはよくわからないが、
 ただ、越後に教えを受け始めてから急に彼女が明るくなったのを覚えている。
(何にせよ、皆にかまってもらえて結構なことで)
 つい、美月は相羽に関して僻みっぽくなってしまうのだった。
 自分が内田に助けてもらったことを棚に上げていると言えなくもない。


「うりゃああああああッ!!!」
 今にも飛び出しそうな気配を見せていた相羽は、その通りにゴングと同時に飛び出してきた。
 ああやっぱり、という感じで、美月は、相羽が肘を振ってきた右腕に自分の右腕を巻き付けつつ、
 相羽の背中に飛びついて右足を左腕に引っ掛ける。
 そこから反動をつけて体重を後ろに預け、高速の横十字固め。
 前回、タッグ王座戦で相羽を沈めた技である。
 いい加減学習しろよ鳥頭。
 そう、溜息と一緒に聞こえてきそうなほど自然に返し技を決めようとして、美月は少し違和感を覚えた。
 後ろに引き倒す時の抵抗が少ない。
 どころか、実際のところ相羽は自分から進んで後ろに倒れようとしていた。
 思い切り後ろに倒されて後頭部を打った相羽は、なんとそのまま後ろに一回転して起き上がったのだ。
「……っりゃあああああああああ!!!」
 ふらふらしながらバックダッシュでロープの反動を受けた相羽は、もう一度突進。
 唖然としながら立ち上がりかけていた美月へ、全体重を乗せたエルボー。
「くッ!?」
 完全に吹き飛ばされた美月は、ロープをくぐって場外へ転落。
 対して自分も倒れ込んでいた相羽も、すぐに起き上がってもう一度ロープへ飛んだ。
 場外でに落ちた美月へ、ロープの間をすり抜けた相羽が一直線。
 渾身のトペ・スイシーダをくらった美月は、場外フェンスに叩きつけられて崩れ落ちた。
「いくぞぉぉぉぉぉ!!」
 拳を突き上げてアピールした相羽に、客席も同じように応えてくれる。
 直後に、イテテ、後頭部をおさえた相羽を見て、周囲の観客と越後から苦笑が漏れた。

(ふっきれた、ってことか)
 美月はそう分析していた。
 何も考えず好きなように暴れてこいとか、そんなことを言われたのだろう。
 力任せ、勢い任せ上等、止められるもんなら止めてみやがれ、と、今の相羽はそんな感じであった。
 どうしよう、どうなるだろう、という躊躇いが全く無い。
 昔の相羽に戻っただけのようでもあるが、今の相羽には、勝たなければいけないという気負いや、
 自分を格好よく見せたいというてらいが感じられない。
 本当に良い意味でふっきれたという印象であった。
 が、だからといって美月も負けるわけにはいかない。
 本当に前後の見境無く突っ込んでくる相羽をあっさりかわし、場外のリングポストに自爆させて逆転。
 リング内に押し込むと、自分はエプロンに上がりつつロープを挟んで相羽を立たせ、
 背後から相羽の頭を掴み、そのまま場外に飛び降りる。
 こうすることで、相羽の頭をトップロープで跳ね上げた。
「いッ……!?」
 再度頭を狙われた相羽が前につんのめったところで、エプロンに戻ってきた美月がトップロープを掴む。
 飛び上がって両足でロープに飛び乗り、相羽の後頭部目掛けてジャンプ。
 スワンダイブ式のミサイルキックを突き刺した。
 たまらず顔から倒れ込んだ相羽を引き起こし、コーナーに振る。
 動かない相羽を見て対角線まで距離を取り、
 走り込んだ美月は両膝を揃えて相羽の胸部へ叩きこんだ。
 さらに反対側に飛ばし、もう一発――を狙おうと踏み出した時、
 おもむろに息を吹き返した相羽が前に出る。
「おおおおおおっ!!」
 リング中央で相羽が右腕を振り抜き、カウンターのラリアットが炸裂した。
 そして今度は相羽が美月をコーナーに振り、助走をつけて串刺しのエルボー。
 さらに相羽も追撃を狙い、反対側に美月を振って雄叫びを上げ、弾丸のような勢いで突っ込んだ。
 が、美月もここで息を吹き返し、相羽をかわしてコーナーを脱出。
 コーナーパットへ壮絶な自爆をかました相羽の背後に飛び掛かり、
 右膝を高く振り上げて後頭部に叩きつけた。
「ぐっ………」
 背後から飛び掛かられた勢いでもう一度コーナーに突っ込んだ相羽は、
 流石に足をもつれさせてリング中央へたたらを踏んだ。
 すかさず、美月がその両肩に手を添える。
「よいしょ、と」
 相羽を飛び越えつつ、右手で頭を掴んで顔面からマットに叩きつけた。
 再三にわたって頭を攻められた相羽は、流石に苦悶の表情を浮かべる。
「う、っく」
「……手こずらせてくれました」
 相羽をうつ伏せから仰向けにし、コーナーの前で位置をセットしながら、美月が呟いた。
 まあなかなか頑張ったじゃないの、という相変わらずの上から目線である。
 動かない相羽を尻目に、美月は一度エプロンに出てからコーナーに上ろうとした。
 450°スプラッシュ狙い。
 一応スワンダイブ式でなければ、この技は安定して決めることができる。
 たまには引き出しの多いところを見せておくか、という色気を出したことが、
 ここで完全に裏目と出ることになった。
「まだまだぁ……ッ!!」
 いきなりがばっと上体を起こした相羽が、そこからもの凄い勢いでコーナーに取り着き、
 またたく間に美月の目の前まで上ってきたのだ。
「な……」
 驚く間もなく、相羽の肘が美月の顔を打つ。
 美月もやり返すが、すぐに相羽に頭を掴んで固定された。
 ゴッ
 客席まで届くような音を立てて、相羽のヘッドバットが決まった。
 散々痛めつけれた頭を自分からぶつけて美月を怯ませた相羽は、
 美月の首を捕まえて、セカンドロープのさらに上へ足をかける。
 右、左と一歩ずつ最上段に足を乗せ、完全にトップロープ上で立ち上がった。
「うわああああああああ!!!」
 そこから、コーナーに座り込んでいた美月を強引に引っこ抜いて見せた。
 逆さのまま伸びあがった美月の体は、そこからコーナーと相羽の身長を足した距離を落下。
 快音を響かせてマットの上へ背中から着地した。
 
「ちっ」
 見事な雪崩式ブレーンバスターであったが、美月はしっかりと受身は取っていた。
 それでも一瞬呼吸が止まるような衝撃が去ったあと、少しずつ体を動かして起き上がろうとする。
「ハァ、ハァ……」
 同じく起き上がろうとしている相羽の方が、ダメージは深いかもしれない。 
 あれだけ頭を攻撃された上、自分でコーナーから落ちたのである。
 それでも相羽は、意地で美月より先に立ち上がり、
 片膝をついている美月を再度ブレーンバスターの体勢に捕らえた。
「ふんぐっ!」
「くっ」
 美月も中腰のまま必死で踏ん張るが、相羽の執念か、少しずつ体が浮かされていく。
「今度は、ボクが、勝つッ!!」
 完全に美月の体が持ち上がり、宙に浮いた。
 そしてそのまま美月を真上に持ち上げ、後ろに倒れ込むかに思われた。
 我慢比べには遅れをとった美月も、持ち上がったところで頭に膝を入れて逃れようと狙っている。
 しかし、そのスキは無かった。
 美月を持ち上げきった相羽は、空中で美月の体を横に回転させてひっくり返しつつ、
 自分自身は倒れるのではなく、その場で勢いよく尻餅をついた。
「なに……?」
 全く予想外の技だった。
 空中で向きを変えられた美月は、マットに対して仰向けではなくうつ伏せに叩きつけられる形になったが、
 相羽が尻餅をついたことで、その肩が美月の頭の下にくることになる。
「がっ!?」
 相羽の肩で顎を跳ね上げられる形になった美月は、両膝立ちのまま、リング中央で硬直。
 そこへ、
「決めるッッッッ!!」
 すかさずロープへ飛んだ相羽の全力エルボーが襲い掛かった。
 前傾して倒れ込むように突っ込んだ相羽に倒され、勢いそのままに押さえ込まれる。
 誰もが、相羽の勝ちを確信した瞬間であった。 

 だが、美月はこれをクリアして見せた。
 ギリギリ、本当に2.9と3の間の際どいところであったが、
 なんとか美月は相羽を跳ね除けて肩を上げた。
 カウントを数えていた観客の声が一瞬驚きに変わり、
 ついで歓声になってその場を踏み鳴らす音と共に降ってくる。
 そして美月は、ロープにすがってどうにか立ち上がりかかった。
「もう一度だ!いけぇっ!!!」
 呆けていた相羽も、セコンドにつきながら初めて声を発した越後に促され、再度突進する。
 これを美月は、滑り込むような低空ドロップキックで迎撃した。
 膝を打ち抜かれた相羽が前のめりに倒れ、スライディングした美月がその背後で体を起こす。
 体が咄嗟に動いた。
 相羽が立ち上がるためについた左膝に、斜め後ろから左足をかけ、右膝を降り抜く。
 背面からのシャイニングウィザード。
「ハァ……」
 動かなくなった相羽を掴んで無理矢理引き起こし、太股の間に頭を挟んだ。
 このままフォールへいっても、起き上がってくるかもしれない。
 そう思うと、この技で決めるしかなかった。
 美月は、最後にもう一度相羽の頭をマットに叩きつけることで、ようやくこの試合に決着をつけた。


 試合終了のゴングが鳴らされたあと、リング上では二人が折り重なって倒れており、
 双方とも自力で起きる気配が無い。
 すぐに早瀬と越後がそれぞれに駆け寄って無事を確認する。
 早瀬に肩を貸されて立ち上がった美月は、勝ち名乗りを受けるのも物憂かったが、
 その右手がいつもより高々と掲げられた。
 揚げているのは、相羽であった。
「……やるじゃないですか」
「そっちこそ」
 それだけ言って、二人はそれぞれに引き上げていった。

by right-o | 2011-12-19 21:36 | 書き物