相羽強化回その2+α
美月に追いつきたいが、どうすればいいかわからない。
大体そんなことを相羽がぽつりぽつりと語っている間、越後は黙って聞いていて、
聞き終わるとそう言って腕を組んだ。
そしていきなり、
「たるんでいるぞッ!!!」
「す、すいませんっ!!」
マットを叩いて一喝した越後に、相羽の背筋が条件反射的にぴーんと伸びた。
「……なんて、怒鳴ってどうにかなる問題じゃないよな。ごめんごめん」
「あ、はい……」
あはは、と笑って頭をかく越後の前で、相羽はぽかんとしている他ない。
(こんな人だったっけ……)
今まで、若手時代の指導以外でほとんど接点のなかった相羽が、初めて触れる人間味のある部分である。
「でも考えてみろ。具体的に、お前のどこが美月に劣ってると思う?」
「え、それは……巧さっていうか技術っていうか」
「頭だな。一言で言うと」
ズバリ言われてしまった相羽は、流石にちょっと凹んだ。
「だが逆に言えば、身体的に美月がお前を上回っている点なんて一つも無いはずだ。
それは、お前たちの基礎を指導してきた私にはよくわかる。要は体が劣るから頭を使わざるを得ないのさ」
そう言われても、相羽は浮かない顔をしている。
現実に対戦してみて歯が立たなかったのに……とその目が語っているようであった。
「とはいえ、それだけじゃないな。今の美月は、最初から相手を呑んでかかっている気がする。
あのふてぶてしい自信と、その基になる経験は、お前の言うように海外遠征で得たものかもしれない。だが」
越後はにゅっと腕を伸ばし、相羽のイジケ顔の前でパチッと指を鳴らした。
「そんなもの、要は気持ち一つだろ?
ちょっとぐらい騙されようが裏をかかれようが、跳ね返して向かって行けばいいのさ」
「気持ち一つ……」
「そう。大体、お前のようなヤツが悩んでても格好つかないんだよ。
頭を使う暇があるなら、最初から今日のように体を動かしてろ」
そう言って、越後は笑いながら相羽の頭をはたく。
「そ、そこまで言わなくてもいいじゃないですかっ」
頬を膨らませて抗議する相羽だが、その表情は一転して明るいものになっていた。
「よーしっ……」
と、疲れて横になっていたのも忘れ、今にも動き出しそうな気配を見せたが、
「た、だ、し」
先に立ち上がった越後が、立ち上がりかけた相羽の頭を押さえた。
「悩む必要が無いってのは、試合に勝つか負けるかを考えた時の話だ。
勝負を離れたところ、技の見栄えとか、リング外の立ち回りとか、
ぶっちゃけた話人気とか、その辺はもっと頭を使いなさい」
う、と相羽の表情がまた一瞬で元に戻った。
「なに、頭を使ってわからない時は相談すればいいのさ。
友達甲斐の無い同期なんかじゃなくて、頼れるベテランにな」
無駄に年はくってないんだぜ。
そう言って越後は、思いの外優雅に片眼を瞑ってみせた。
それから3カ月後。
「勝負だぁぁぁぁぁッ!!」
食堂で昼食をとっていた美月の目の前に、いきなり飛びこんで来た相羽が一枚のビラを突きつけた。
(うざい……)
最近すっかり元の騒々しさを取り戻した相羽である。
普通にしていても落ち込んでいても、どちらにしても美月にはうざったかった。
「一体なに……」
「先輩ッッッッ!!」
何か言おうとしたら更にもう一人飛びこんで来て、同じように同じビラを突きつけた。
今度は神田であった。
「……何ですか一体」
思いっ切り眉をしかめてからビラに目をやると、
そこには『世界ヘビー級王座挑戦者決定トーナメント』と書かれている。
組み合わせは、
杉浦美月
対
相羽和希
神田幸子
対
近藤真琴
ラッキー内田
対
草薙みこと
柳生美冬
対
マッキー上戸
「今度は、今度こそ勝つからね!!」
「先輩、手は抜きませんからね!!」
大いに意気込んでいる相羽の隣で同じように意気込んでいる神田は、完全に相羽のことを無視していた。
そして美月も、自分の隣にある名前はどうでもいい。
(しばらく、あのベルトには縁が無いと思っていたのに)
王者は以前、伊達のまま。
とすれば、まず勝ち目は無い。
だがもしこのトーナメントに勝ちでもすれば、今度は結果を問われる挑戦となってしまう。
しかし組み合わせを見るに、美月は最低限決勝戦までは勝ち上がる必要があった。
というか、手を抜かない限り多分そうなってしまう。
何せその前二戦の相手がどう転んでも格下なのである。
相羽は当然として、後輩である神田や近藤にも負ける訳にはいかない。
「……誰得」
目の前で騒ぎ立てている二人を余所に、美月はぼそりと呟いた。