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相羽強化回その1

 とある団体の寮の一室、夜。
「体に異常はありませんんが……とにかくひどい目に遭いました」
 伊達との対戦から3日後、岐阜市内の病院からようやく自分たちの部屋に戻って来た美月は、
 お腹をさすりながら苦笑した。
「ありゃ確かにひどかったな。ま、お疲れさん」
「私たちを差し置いて挑戦するからよ。自業自得ね」
「でも惜しかったね。良い試合だったよ」
 上戸、内田、六角の三人は、それぞれの言葉で美月を出迎え、そのまま部屋に居座った。
「で、自分ではどう感じた?もう一息で獲れると思ったのか、まだまだ最高位の壁は高いと思ったのか」
「さあ……、両方ですかね」
 内田の質問に、美月は曖昧な答えを返した。
 ただ、それが本心でもある。
 本人を含め誰も勝てるとは思っていなかった試合で、
 曲りなりにも伊達をカウント2.9まで追い込んだのだから、予想以上の大健闘だったと思う反面、
 最後はこれ以上ないぐらい叩きのめされて終わった
 結果としてチャンピオン相手に善戦した美月の評価は上がり、
 同時に美月は大目標への道程を確かめることができたので、目論見通りではある。
 美月としては、自分に勢いや話題性があり、挑戦できる時に一度挑戦しておきたかったのだった。
「しばらくは高望みせずに大人しくしてますよ。もうあんな痛い思いはしたくありませんし」
 思いっ切り助走をつけた伊達の膝蹴りを腹部にくらった美月は、
 自分で映像を見ても冗談のような必死さでマットを転げ回って悶絶した。
「そういえば、美冬とみことがいい気味だって言ってたぞ」
 美月に一服盛られて伊達への挑戦を逃した二人も、
 背中を丸めてえずく美月を見て、いくらか溜飲を下げたらしい。
 と、同時に王者伊達への警戒感を一層高めたことだろう。
「……そうですか。まあ、多分次はどちらかが挑戦するんでしょうね」
「それはそれとして、今度は持っているベルトを守る側に立ってもらいましょうか」
「おう!あたしたちの挑戦を受けろよな!」
 美月を挟んで騒がしく挑戦を迫る上戸と内田を眺めていた六角は、ふと窓際から視線を外に向けた。
 3階の窓から見える道場には、まだ灯りが点いている。


「はあッ、はあッ……」
 その道場に置かれたリングの上に、相羽が転がっていた。
 冬の寒い中に猛練習を重ねたせいで、体中から白い湯気が立ち上っている。
 現状の自分をどうにかしたい、とは以前から常々考えていたことだったが、
 この前の美月の試合を見て、その気持ちがより一層強まった。
 しかし、どうすればいいかがわからない。
 最初から天性の腕力を持っていたノエルはともかく、自分と同じスタートラインにいたはずの美月が、
 いつの間にか自分のかなり前を、先頭集団に追いつきそうな勢いで走っている。
 海外遠征がそうさせたのだ、と相羽は当初そう考えて社長に直談判してみたこともあるが、
 考えてみれば美月の成長は海外遠征以前、ノエルに勝った辺りから始まっていたように思われる。
 何が美月を成長させたのかわからない。
 頭で考えることに行き詰った相羽は、とりあえず道場で思い切り体を動かしてみた。
 思いつく限りの練習方法を嫌というほど試してみて、
 もう体が動かないというまでになり、ようやく体を横たえて天井を見上げる。
 だからといって、特に何ということもなかった。
 体を動かしたことで一時的にストレスを追いやっただけで、悩みの根本は何も変わっていない。
「はぁ………」
 寝転がったままで、投げやり気味な溜息を吐いた時、
「そろそろ閉めたいんだけどな」
 入口から声がかかった。
「あ、ハイ、すいませ……」
「ウソウソ、好きにしていいよ」
 急いで起き上がろうとする相羽を押しとどめ、笑いながら近づいて来たのは、越後しのぶであった。
 ジャージ姿の越後はリングに上がり、相羽の横で小さく胡坐をかいて座る。
「で、どうかしたのか?こんな時間に」
「いえ、その……」
 一般的にはいわゆる「鬼軍曹」のイメージで通っている越後は、
 起き上がりかけている相羽の顔を柔らかい表情でのぞき込む。
 相羽も、かつてはリング上同様に竹刀を持った越後に指導を受けたこともあったが、
 それは若手の範疇にいた間だけの話。
 一人前と認めてもらえれば、あとは何くれとなく気を使ってくれたり、相談に乗ってくれたりと、
 非常に頼りがいのある年長者として接してくれる。
 彼女が寮や道場の指導を任されているのも、厳格さよりその辺りを買われてのことだろう。
「考えても仕方がない時、無駄でも何でもとにかく体を動かしたくなる気持ちはわかる。
 何かあったんだろ?力になれるかはわからないけど、とりあえず話してみないか?」
「はい……」
 そう言われて、相羽はたどたどしく自分の心境を話し始めた。

by right-o | 2011-12-04 19:55 | 書き物