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「一角蹴り」 伊達遥VS杉浦美月

「っと!」
 蹴り足を掴まれるような形で片足タックルを受けた伊達は、
 重心を前に預けてこらえつつ、冷静に背後のロープへ寄りかかってこれを凌いだ。
『ブレイク!』
 レフェリーが間に入り、両者を引き離そうとする。
 仕方なく、美月は伊達の右足を放して立ち上がり、じりじりと間合いを取ろうとした瞬間、
「シッ」
 短い気合と共に、最高位タイトルマッチの洗礼が放たれた。
 左右の張り手から、今まで以上に強烈なローキックに繋ぐコンビネーション。
 いきなり目の前で火花が散ったと思ったら、美月は両足を払われて尻餅をついていた。
 唖然としている暇も無く、伊達がさらに左足を踏み込んでくる。
 今度は、座っている美月の胸板へ向けてのローキック。
「かっ……!?」
 人間の体の一部がぶつかったとは思えない、乾いた音が響いた。
 伊達は、呼吸を忘れて悶絶する美月の上体をもう一度起こし、
 さらに助走をつけて背中へのローキックを狙いにロープへ飛ぶ。
(起きろッ!)
 開始数分で悲鳴を上げている体に鞭を打ち、ここが潮目と見た美月は瞬時に立ち上がった。
 ロープから跳ね返ってくる伊達へ、体の左側面を向けてジャンプ。
 右足を振り上げ、走ってくる伊達の頭へ膝の内側を引っ掛けるように当てる。
 そのまま体重をかけてギロチンドロップの形で後頭部をマットへ叩きつけた。
 神田が使うシザースキックを、自分から飛びついて決めるような形のこの技が、
 完全に伊達の意表を突いてカウンターヒット。
「まだまだ、これからッ!」
 観客と自分に言い聞かせ、美月は痛む体を起こして伊達を立たせにかかった。


 伊達が圧倒的な攻撃力で試合を支配する展開が続くが、
 美月も要所で効果的な反撃を見せて王者に喰らいついていく。
「せっ……!」
 強烈なニーリフトから美月をブレーンバスターの体勢に捕らえた伊達は、
 軽々と美月を垂直に抱え上げた。
 打撃以外にも様々な引き出しを持つ伊達は、投げ技も多種類使いこなす。
 持ち上げきって背後へ倒れ込もうとしたが、美月が自由な手足をばたつかせて抵抗。
 逆さまになった状態から、伊達の頭頂部へ膝蹴りをかまして脱出した。
「うっ」
 またもや予期せぬ反撃を受けてたじろいだ伊達の背中を滑り下り、
 着地と同時に伊達の肩を掴んで跳躍、跳び箱の要領で体を持ち上げる。
 伊達の頭上を飛び越しつつ後頭部を掴み、体重をかけて顔面をマットに叩きつけた。
 この変形のフェイスクラッシャーから、引き起こした伊達をコーナーに振る。
「勝負っ!」
 串刺し攻撃を狙って突っ込んだ美月の眼前で、伊達の右足がスッと一気に垂直まで持ち上がった。
 そこから振り下ろされた踵が走り込んだ美月の額を直撃。
 額が割れこそしなかったものの、美月はたまらず数歩たたらを踏んで後退した。
 そこをすかさずコーナーから飛び出た伊達が捕まえ、振り回すようにして反対側のコーナーへ飛ばす。
「おおぉぉぉぉぉ!!」
 一度対角線上に戻って距離をつくってから、一気に走り込んで右足を振り上げる。
 串刺し式の前蹴りが美月の顔面に突き刺さった。
 伊達が足を引いたあと、糸の切れた人形のようになった美月が力無く前に崩れ落ちる。
 そこを抱き止めた伊達は再度ブレーンバスターで持ち上げ、
 後ろに倒れ込むのではなく、前に下ろすことで美月をコーナーの上に座らせた。
 狙うのは雪崩式のフランケンシュタイナー。
 たまに見せる隠し玉的なわざである。
 伊達は、左右のロープに足をかけて悠々とコーナーを上り、
 ぐったりと動かない美月の目の前で、コーナーを跨いでトップロープ上に両足で立った。
 だが、今まさに伊達が踏み切ろうとしたところで、動けないはずの美月が死んだフリから蘇った。
 伊達を押してバランスを崩させ、たまらずロープ上で屈んだところへ顔面にエルボー。
「……くっ!?」
 よろめいた伊達が、たまらずコーナーから降りようとする。
 その時、不意にひらめきがあった。
(今ッ!)
 伊達がロープ上からマットに飛び降りた瞬間、美月もコーナーから伊達に飛びついた。
 着地の際に下がった伊達の頭を上から手で押さえつけ、両足の間に挟む。
 間髪入れずにマットを蹴り、伊達の長身を後方に折り畳むような前方回転式パイルドライバー。
 電光石火の一撃に会場が沸きかえる中、美月は夢中でカバーに入る。
(どう、だ……!?)
 絶対の決め技に、手応えは確かにあった。
 業界の頂点まで、あと半歩。
 1、2、……と数えられていくカウントが異様に長く感じられた……が、
 結局3つめが数えられることはなかった。
 レフェリーの手がマットを叩く寸前、限りなく3に近いところで、しかし伊達は確かに肩を上げたのだ。
「ああッッ!!」
 美月自身思いもかけない声が出て、両手をマットに叩きつけていた。 
 が、すぐに気を持ち直す。
 もう一度。
 そう考えて伊達を引き摺り起しにかかる。
 だが何とか片膝立ちになったところで、伊達は美月を突き飛ばした。
「この……」
 苦し紛れに何を、と考えて再度近づこうした美月は、やはり勝ちを焦っていた。
 距離を詰めようとした美月の頭を、開いた間合いを利した左のハイキックが薙ぎ払う。
 まともに側頭部へ受けた美月が崩れ落ち、ダメージの深い伊達も体勢を崩して倒れた。
 このダブルノックダウン状態に、客席は一度湧き返ったあと、
 二人それぞれの名前を呼ぶ声が会場中を包みこんだ。
 
 先に立ったのは伊達だった。
 まだ美月が立ってこないのを見て、ゆっくりと頭を振りながら立ち上がる。
 遅れてうつ伏せからマットに両手をついた美月は、
 眼前に立つ伊達に縋るような形でようやく両膝をマットから離した。
 伊達は、右腕を美月の足の間に入れておもむろに持ち上げ、
 ちょうど真横にして持った美月を、何を思ったかコーナーのサードロープとセカンドロープの間に設置。
 そのまま、自分は対角線上のコーナーに下がった。
 為すがままの美月も、それを見ている観客も、伊達の意図がわからない。
(……強かった)
 一人伊達のみが、挑戦者に敬意を表し、新しい技で仕留めるべく動こうとしている。
 これが美月にしてみれば最悪のお節介となった。
 矢のようにコーナーを飛び出した伊達は、対角線を走り切った勢いを乗せ、
 横向きに固定されている美月に向けて思い切り右膝を突き出す。
「………!!!!!」
 声にもならなかった。
 無防備な腹部へ、伊達の全体重を乗せ切った膝小僧が直撃。
 心身ともに疲れ切っていたはずの体が痙攣するように跳ね上がり、
 ロープの間から抜けてマットへ落ちると、体をくの字に折ってひたすらえずいた。
 ほんの少しの胃液しか出てこなかったが、
 美月にしてみれば内臓が口から飛び出ているような感覚。
 直後、ダメ押しの垂直落下式ブレーンバスターでフォールを奪われるのだが、
 試合終了後に即病院送りとなった美月は、そこまで覚えてはいなかった。
 結果として、勝てないまでも多くの見せ場を残した美月だったが、
 強引に挑戦までこぎつけたツケはきっちり払わされることになったのであった。

by right-o | 2011-11-23 22:06 | 書き物