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シングルヘビーへの寄り道

 美月たちがタッグベルトを防衛した夜、同時に様々な路線の物語が決着を迎えた。
 中堅ベルトを巡る内田と上戸の抗争は最終的に上戸の勝利で終わり、
 内田は試合後の握手でもってそれを認めた。
 そして世界王座のベルトを巡る世代間闘争においては、
 若き王者伊達遥が、主だつ挑戦者たちを全て退け、長きに亘る戦いに終止符を打った。

 そんな記録的な日から一週間後、都心からそう遠くない、とある温泉地にて。
「コレ、一度やってみたかったんだよ。
 熱いお湯に浸かりながらの冷酒ってのがまた、体に沁みいるねぇ……」
 六角が、露天風呂のお湯に盆を浮かせて日本酒を呑んでいた。
「へー、あんなのホントに用意してもらえるんだな」
「勝手に持ち込んでるんじゃないの?」
 その隣で内田と上戸が、激戦を物語る痣だらけの体を湯に沈めている。
 更にその隣では、先輩ばかりの中に一人だけ入って恐縮しきりの神田。
 そして無言で遠くを見つめる美月と、更にその横で暗いオーラを放って湯に沈みかけている相羽和希。
「それにしてもどういう風の吹きまわしだい?全員を温泉にご招待ってのはさ」
「そうね。私たちと、まあ神田はともかく、そこの暗いのまで」
 内田が相羽を顎で示した。
「……ツアー中はともかく、寮に帰ると未だに同室なんですよ。
 部屋でいつまでも暗い顔されてると、こっちまで暗くなります」
 美月にそう言われて、沈みかけていた相羽がちょっと浮いてきた。
「で、結局、何でオレたちをここに呼んだんだ?まさか、日頃お世話になってる先輩方に……
 って柄じゃないし、どーせ何か企んでるんだろ?」
 鋭い、というより遠慮の無い上戸は、ずけずけとそう言ってのけた。
「まあ……そうなんですけど、その前に一つ」
 美月は頭上に置いていたタオルを取って、背中を預けている岩の上に置き、
 お湯に浸かった一同を見ながらこう切り出した。
「この中で、世界王座に挑戦しようって人は?」
 とてもとても、と即座に首を振ったのは神田と相羽。
 内田、上戸、六角の3人は、返答までにやや間があった。
「今のところ興味無いね。当面はアイツでも鍛えてやって、
 もう一回あんたたちのベルトに挑戦するのが目標だよ」
 そう言って、六角は持っていた猪口で相羽を指した。
「興味が無くはないけど……中堅ベルトを落としたばっかりで、
 その上を狙うってのは、ちょっと難しいわね」
「あたしも頂点に興味はあるんだけどさ、
 その前にまたコイツと組んで、お前らのベルトに挑戦すんのが先かな!」
 そう言って肩を組んできた上戸へ、内田は諦めたように抵抗しない。
「あーもう好きにして。あなたと殴り合うのはもう懲りたわ……組んでた方がまだマシ」
「……みなさん、当面は挑戦の予定無しと」
 全員の答えを聞き終えた美月は、ちょっと躊躇ってからこう切り出した。
「実は、ちょっと協力していただきたいことがあります」


 翌日、都内で行われた興行の控室にて。
「あ、神田」
 試合から帰ってきた神田は、同期の近藤真琴から呼び止められた。
「お土産ありがとな。あとで食べるよ」
 神田が控室に置いておいた温泉まんじゅうの箱を振りながら、近藤が言った。
「あ、ああ……」
 神田は、何故か目を逸らし気味。
「なあ、その……お前、やっぱり伊達さんへ挑戦しようとしてるのか?」
「当然だろ。敵わないかもしれないけど、今は少しでもインパクトを残したいんだ。
 ベルトを先に獲ったのはお前だけど、見てろよ、すぐ追いついてやるからな!」
「そ、そうか」
 何も知らない同期に対し、神田は心の中でこっそり詫びを入れていた。

 こちらはまた別の控室。
「あら、お菓子ですか」
 この日タッグで試合が組まれている二人、草薙みことと柳生美冬が控室に入ると、
 簡易机の上に置いてある温泉まんじゅうの箱が目に入った。
「誰かのお土産でしょうか」
「そういえば、杉浦たちが温泉に行くとか言っていたな」
 美冬が箱を開け、白い薄紙に包まれた中身を何気なく摘まんでみた時、
「あんたたち、それ――」
 ちょうど二人の後から、六角が控室に入って来た。
「六角さんからのお土産ですか?ありがとうございます」
「あ、ああ……」
 六角の目は、みことの頭上あたりを泳いでいる。
「あー、ところでその、あんたたちは伊達を狙ってるのかい?」
「当然だ」
「そうですね」
 二人とも即答した。
「あいつとは一緒にやってきたが、つまらない抗争から解放された今、次はこちらを向かせてみせる」
「私も同じ考えです。そして、挑戦は表明するには、今日こそが最適の日」
「そ、そうかい。まあ、頑張りなよ……」
 淀み無くそう言ってのけた二人の前から、六角は苦笑を残してさっさと退散した。

「これでホントにうまく行くのか?」
「さあ。うまく行くかどうかは私たちに関係ないもの。とりあえず頼まれたことはやったわ」
 内田と上戸の二人は、バックステージからメインイベントを覗き見ていた。
「……でも試合後って、結構甘い物食べたくならない?」
「なるよなあ」
 二人も、『お土産です』と書いた温泉まんじゅうの箱を控室に幾つか置いてきていた。
「さて、成功か失敗か、すぐにわかるわよ」
 リング上では、メインの試合が終わり、勝者の伊達が勝ち名乗りを受けている。
 そんな時、影に隠れて覗いている二人の横を、美月一人が通り過ぎて行った。
「うまくいったな」
 そう囁いた上戸に、片眼を閉じて見せた。

『ちょっとすいません』
 タッグのベルトを襷掛けにし、マイクを持って花道に出て来た美月を見て、
 観客からは意外そうなざわめきが起こった。
 リングの手前まで歩を進めた美月は、伊達がこちらを真っ直ぐ見つめるのを確認してから、
 再度ロープ越しに語りかける。
『お疲れのところ申し訳ありませんが、あなたへの挑戦を認めていただきたくて参りました。
 色々と不足はあるかも知れませんが……』
 ここでチラリと花道の後ろを見やる。
『他に誰も……いらっしゃらないようですし、
 ここは一つ、防衛回数を稼ぐと思って、私の挑戦、受けていただけませんか』
 とりあえず、下手に出て見た美月である。
 更に何か言おうとした美月を、伊達が手を上げて制し、自分もマイクを持った。
『……いいよ。あなたの挑戦、受ける』
 普段から言葉少ないチャンピオンは、それだけ言って右手を差し出す。
『ありがとうございます』
 美月は、その伊達の手を力強く握り返した。
 
 その頃バックステージでは、数人のレスラーがトイレを離れられない事態になっていたのだった。

by right-o | 2011-11-13 21:20 | 書き物