「戸澤塾秘伝・厳鬼」 杉浦美月&神田幸子VS村上千秋&村上千春

 神田対千秋の一戦からさらに二週間後。
「さて、出番のようです」
「ハイッ!」
 シリーズ最終戦の、ちょうど試合順の折り返し地点が美月たちの出番であった。 
 地方がら一万人規模の大きな総合体育館の、暗幕で仕切られた裏側に待機していた美月たちは、
 うっすら汗をかく程度でウォーミングアップを終え、準備万端。
「行きましょう!」
「ハイッ!!」
 試合内容についての打合せは散々やった。
 あとはそれを実践してみせるだけである。

 低い打楽器の音が重ねられた重厚なイントロから始まるテーマ曲がかけられ、
 まずタッグ王座戦の挑戦者、神田幸子の入場から始まった。
 袖なしの薄いガウンのフードを目深に被り、
 時折体を揺らしてシャドーボクシングのような動きを見せつつ花道を歩く様は、
 かつてのボクサー時代を思わせる。
 デビュー一年足らずとは思えぬ落ち着きを見せてロープをまたぐと、
 フードを跳ね上げて凛々しい素顔を晒した。
 引き続き神田のテーマの終わりに英語の音声が被せられ、美月の入場へと繋がる。
 ジョーカーから受け継いだ曲で入場してくる美月の姿は、
 この日初めて日本のファンが目にするものであった。
 元々トリックスターたるジョーカーレディのために用意された曲は、
 今の美月が使うには違和感があったが、
 美月は、自分のキャラクターが曲の方に合わせて変わっていくかのような予感がしていた。
 挑戦者組の入場からやや間が合って、
 こちらも英語の、スポーツ実況のような特徴的な導入から始まる曲で王者組が入場してくる。
 それぞれ片手で持ったベルトを左右に誇示して悪態を吐きながら、
 双子の姉妹はゆっくりとリングへ歩を進め、二人同時にロープをくぐった。


 ついにリング上で相対した両組は、どちらからともなく間近に歩み寄って視線の火花を散らした。
『下がって!』
 一触即発の状態から、試合開始前に一度コーナーへ下げようとレフェリーが間に入る。
 それに一旦は従うと見せておきながら、村上姉妹はすぐに踵を返して奇襲――を仕掛けようとしたところ、
 お見通しとばかりに肩越しで振り向いた美月&神田と目が合った。
「チッ」
 二人同時に舌打ちした姉妹は、仕方な一度くコーナーへ下がろうとする。
 しかし、姉妹が背中を見せたその瞬間、反対に美月たちが踊りかかって奇襲をかけた。
「うおっ!?」
 それぞれにドロップキックで姉妹を蹴り飛ばすと、千春の方を場外に落としつつ千秋を捕まえ、
 二人がかりでロープへ振って待ち受ける。
「合わせて!」
「了解!」
 戻ってきた千秋の左右からそれぞれの腕を絡ませ、ダブルのアームホイップ。
 そこから千秋を挟み込むように両側のロープへ走ると、
 神田が横から滑り込む形のギロチンドロップ、美月は勢いのまま空中で前転してのサンセットフリップ。
「ぐぇっ」
 千秋の顔と胴体を押し潰し、まずは美月たちが相手のお株を奪う奇襲とコンビネーションを見せつけた。

 美月にとって、姉妹個々は既に脅威を感じる存在ではない。
 それどころか、体格差が少ない分かなり楽な相手だと感じられる。
 反則行為についてもメキシコで散々やらされたため、かなり耐性がついていた。
 一方、神田も一対一でルールに則った状況ならば姉妹に遅れは取らない。
 が、経験が浅い分どうしても、インサイドワークをフルに活用してくる相手は苦手となるため、
 実力を十分に発揮させてもらえないままで相手のペースに呑まれてしまう恐れがあった。
 そして、このタッグ王者はその辺りの機微に対して非常に聡い。
 最初こそ圧倒されたものの、徐々に狙いを神田に絞り、あの手この手でペースを乱しにかかる。
 
 試合時間が十分を少し過ぎた頃。
 対角線上で完全に捕まった状態の神田へ檄を飛ばしながら、
 美月は内心冷めた目で、「まあ、大方予想通り」と状況を見ていた。
 姉妹は、美月が出ている時は攻められながらも劣勢を過剰に演出し、
 交代した神田が勢い込んで出て来たところを場外からの介入等で躓かせ、
 自コーナーでじわじわと痛ぶりなかなか放そうとしない。
 とはいえ、この展開は美月も神田も十分に予想できた。
 予想できたからといって回避できるわけではないのだが、
 この試合が神田の頑張りにかかっている、という点は事前に本人と確認している。
 加えてもう一つ、美月の密かな企みとしては、
 この試合で自分の手の内を全ては見せたくないと考えていた。
 なるべく神田を長時間試合に出させておき、
 できれば最後のおいしいところだけ自分が持っていければ……というのが美月の思惑だったが、
 当然ながらタッグ王座の奪取が第一目標なので、神田を応援する気持ちに嘘は無かった。

 そんなこんなで神田を激励しつつ待ちに待った十五分過ぎ。
「おらぁッ!」
 ふらふらとコーナーから崩れ落ちて前に倒れ込んだ神田に向け、
 トドメとばかりに、横から走り込んだ千春が右足を振り上げる。
 前哨戦の後で神田の頭を蹴り上げてKOした図を思い描いた観客から悲鳴が上がったが、
 神田は頭を起こしてこれを空振りさせると当時に、足をもつれさせた千春を引き倒して強引に押さえ込む。
「!?……くそッ!」
 千春はカウント2でクリアしたが、神田はそのまま青コーナーから伸びる美月の手に飛びついた。
「あとは……っ!」
「任されますよ」
 コーナーから飛び出した美月は、殴りかかってきた千春の脇をすり抜けつつ、
 すれ違いざまに背後から首を取り、そのまま背中から倒れ込むネックブリーカードロップ。
 さらに千春の立ち上がりざま追撃を狙おうとロープへ走る。
 と、背中を預けたはずのロープの感触が無かった。
「うっ!?」
 千秋が、自分の全体重をかけてトップロープを下げていた。
 支えるものの無い美月は場外に転落。
 美月が攻撃に集中した隙を突かれた形になったが、
 これまでちょっかいを出さなかった美月に手を出してきたということは、村上姉妹も痺れを切らした証拠。
 また神田が出てくるまで待ってはいられないということか、
 と、美月は怪我の無いよう冷静に落下しつつ分析した。
「先輩!」
 落ち着いている美月を余所に、これまで鬱憤が溜まっていた分も含めて激高した神田は、
 試合権利が無いながら、ダメージのある体を引き摺ってコーナーに上った。
 両足を伸ばして立ちあがり、倒れたままの千春に照準を合わせる。
「やらせねーぞ!」
 ダブルニードロップを狙う神田に対し、制止するレフェリーを押しのけて千秋が迫る。
(くっ)
 千春の位置が遠いこともあり、このまま飛んでも空中で千秋の邪魔を受ける公算が高い。
 咄嗟にそう考えた神田は、あえて待った。
 千秋がちょうど千春の前に立ちはだかるような位置に来た瞬間、跳んだ。
「な……!」
 神田は、千春ではなく千秋目掛け、両膝を折って落下。
 肩を膝で押さえつけるようにして千秋の上に乗ると、そのまま背後に押し倒した。
「応用、ってことですか」
 やるな、と感心しつつ、神田の機転を見た美月は急いでリングに戻る。
 ここまで急に試合が動くとは思っていなかったが、こうなってわざわざ勝機を逃す手は無い。
 ようやく起き上がった千春の腹部にトーキックを入れ、屈ませてパイルドライバーの体勢へ。
「まずは上出来ってことで……!」
 前転式のパイルドライバーで千春の脳天をマットに突きさし、完璧な3カウントを奪った。


「はー、メキシコであんな技覚えてくるとはねぇ」
 見たことの無い技の連発と、新タッグ王者の出現に湧きかえる会場を裏から除き見て、
 六角は素直に感心していた。
 成長したとは聞いていたが、美月は六角の想定を上回る動きを見せてくれた。
(こりゃ久々に面白そうな相手かもしれない……)
 湧いてきた好奇心を表に出さないよう装いつつ、六角は傍らに視線を移す。
「で、あんたはそのままでいいのかい。いじけて、置いて行かれたままで」
 拳をきつく握り締めた相羽は、それでも俯かずにリングの上を見ていた。

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by right-o | 2011-10-23 21:12 | 書き物