「ダイビングダブルニードロップ」「パントキック」 神田幸子VS村上千秋with村上千春
その間にいくつかの興行を経たあと、美月たちには願ってもない試合がやってきた。
神田と村上千秋とのシングルマッチである。
相手の千秋はタッグチャンピオンの片割れであり、
タッグ王座挑戦を目指す美月たちにとっては、もちろん願っても無い相手。
ここで印象的な勝ち方をしておけば、挑戦に向けて大きく前進することになる。
「相手は千秋さんですが、姉の方も必ず試合に介入して来るはず。
なので、今日は私がリングサイドに付きます」
試合直前、そう申し出た美月に対して、神田は首を振って拒否した。
「今日は私一人で結果を出して見せます」
「あ、いや、私たちが組んでいることをアピールするためにもですね……」
食い下がる美月を手で制し、神田はこう言った。
「大丈夫です。ただ、試合が終わったあとで、何かあったらお願いします。
その方が、私たちをより印象的にアピールできるはずですから」
そう言って神田は入場ゲートをくぐって試合に行ってしまった。
「………むぅ」
試合が終わったあと、ということについて、美月は神田の言わんとすることがわかった。
介入は何も試合中だけとは限らないのである。
(結構言うじゃないですか)
試合そのもについての自信も含め、美月は神田に対する印象を改めた。
ただし、試合は始まる前から千秋のペース。
「ルーキー!あたしが可愛がってやるぜッ!!」
ゴング前、コーナーへ一旦控えようとした神田の背中に飛び掛かって奇襲。
その後もサミングからタッグロープを使ってのチョーク攻撃まで、
本当に様々な反則技を織り交ぜて神田を翻弄する。
たまにようやく神田が攻勢に出たかと思いきや、
今度は村上千春が、ロープに走った神田の足を場外から掬う。
同伴を拒否された美月は拳を握って見ているしかない。
ただ、神田は自分の言葉を証明する瞬間のために、ひたすら機会を待って耐え続けた。
そしてついにその機会がやってくる。
「ハッハー!遊びは終わりだぜ!!」
千秋が裏投げを決めてカバーに入ったが、神田はこれをギリギリで返す。
「……チッ、おい、さっさと三つ叩きゃいいんだよ!」
レフェリーに抗議している千秋の背後、神田がゆっくりと自力で立ち上がった。
「おら、どうせ某立ちで動けねーんだからよ!」
言いながら、千秋は振り向き様弓を引くように振り絞った右拳を振るう。
神田は、どんなに痛めつけられても集中を切らさず、この時を待っていた。
「遅いッ!!」
神経を張り詰めさせた神田にとっては、欠伸の出そうな速度で千秋の腕が伸びる。
これに対し、神田は踏み込みながらわずかに首を振ってかわしつつ、
自分の右腕を千秋の腕に巻きつかせるように被せる。
千秋から見れば振り切った右腕の影から、突然神田の右拳が生えた。
「ッ」
完璧な右クロスカウンター。
何をされたか意識する間も無く前のめりになった千秋へ、
すかさず神田はニーリフトを腹部に突き刺し、ダウンを許さない。
自分が某立ちになった千秋をボディスラムで持ち上げ、コーナーの前に叩きつけた。
「いくぞっ!!」
「……っ、しまった!」
コーナーを上る神田へ、突然のことで反応が遅れた千春が妨害のために追いすがる。
だが一瞬早く、神田がコーナーからリングを向いて飛び立った。
思い切ってかなり高く跳んだ神田は、ジャンプの頂点で両膝を曲げ、
さらにそれを真下に突き出すようにしながら千秋の上に着地。
「ぐぇっ……!」
エグい一撃から、場外の千春を睨みながらカバー。
言葉通り、神田は自分一人で結果を残して見せた。
ただ、試合の後に起こった出来事については、若干神田の予想を上回ってしまう。
勝ち名乗りを受けている神田の背後を千春がイスで襲ったのだった。
たまらず前のめりになって両手をついた神田を見て、千春は意味ありげにコーナーに控えて距離を取る。
「テメェ、舐めたマネしやがって……ッ!」
慌てて美月がバックステージから飛び出したが、間に合わない。
コーナーから突進した千春は、四つん這いになった神田の頭を、
まるでボールか何かのように思い切り蹴り上げた。
声も無く昏倒した神田を見下ろしているところへ美月が乱入、
放置されていたイスを振り回して千春を追い払う。
「だ、大丈夫……!?」
神田に駆け寄ってみると、完全に気絶していた。
思わず、引きあげて行く千春を睨む。
すると向こうも、千秋に肩を貸しながらこちらを睨みつけていた。