「フットスタンプ」
来る時と同じ座席で、美月と神田が同じように話しこんでいた。
「……と、いうわけで、私と組んでタッグ王座を目指してもらいます。
それが私からの、あなたに協力するにあたっての条件です」
「それは願ってもない話ですが、その……私に務まるでしょうか?」
美月は、ふっ、と苦笑しつつ答えた。
「ま、少なくとも私が選択できる限りでは最良のパートナーですよ」
腑に落ちない表情を浮かべながらも、神田はとりあえず美月の話に乗って来た。
「ただ、まずはあなたの試合をどうにかするのが先ですね」
「すいません、先ほどは恥ずかしい試合を……」
しゅん、と神田は肩を落として表情を暗くする。
意図したものでないだけに、神田にとっても反則負けは不本意だった。
「いや、あのカウンターは続けてください。直接フォールにさえ入らなければ誤魔化せるはすです」
試合の最後で神田が見せた絶妙なカウンターこそ、相羽には無い引き出しであり、
美月が神田を買っている点である。
「ただし、どうやってもフィニッシュにはなり得ませんので、何か別の決め技を身につける必要があります」
もし神田のバックボーンが空手やキックボクシングであれば、
蹴り技の応用を利かせればどうにでもなるのだが、ボクシングではそうもいかない。
「何かありませんか?こう、得意な投げ技なり関節技なり……」
「そ、そう言われても……。一通りは教わったのですが、何か特別できるわけではなくて……」
だろうな、とは美月も思っていた。
そうであればこそ美月に相談してきたのだし、何より相羽との試合を見ていてよくわかった。
「それでは、これから一緒に考えましょうか。
お手軽簡単かつ説得力を備え、しかも神田幸子のイメージに合う必殺技を」
「はいっ!」
何だかジョーカーみたいになってきたな、と思いながら、
美月は神田と一緒に様々なプロレス技を頭の中に思い浮かべる作業を始めた。
「……フットスタンプなんかどうでしょう?多分、あまり使ってる人はいないと思いますが」
「あ!昔は理沙子さんが使っていましたね」
その名の通り、
コーナーからもしくはその場で飛び上がって、相手の腹部を両足で踏みつけるのがフットスタンプ。
その昔、パンサー理沙子がコーナーから華麗に飛んで決めていた。
「自分の知っている限りでは、今使うのはみぎりさんと栗浜さんぐらいです」
「いや、あー……栗浜さんがいましたっけ」
みぎりの場合、もちろんダイビング式で使えば死人が出るので、
せいぜい片足を相手の上に置き、徐々に体重をかけながら踏み越えるように使う。
逆に今現在完全な形で技をモノにしているのが栗浜亜魅。
彼女はまず相手をコーナーの上に逆さ吊りにし、自分もそのコーナーに上る。
そして足元にある相手の膝頭をぐりぐりと踏み、
痛みのために相手が逆さまの上体を腹筋の力で起こしたところを、
すかさずコーナーから飛んで両足で思い切り踏みつける、という応用も得意としていた。
「あと、ムーンサルト式で使う人もいたとか聞きましたが……」
「上原さんですね。私も実際に見たことはありませんが」
コーナーからムーンサルトの要領でバック宙しつつフットスタンプ、
という冗談のような技を過去唯一使っていたのがブレード上原。
数々の飛び技を使いこなした彼女であっても、これは本当にここ一番でしたか使っていない。
「んー……あ、そうか小早川さんがいました。これはやっぱり考え直した方がよさそうですね」
小早川は、スワンダイブ式で、かつツープラトンでパートナーが固定した相手の腰や腕でさえ、
狙ったところをピンポイントで空襲できる。
栗浜とは別の応用を駆使する名手であった。
「やっぱり別の技にした方がいいでしょうか?」
「いや、単純な技だけにまだまだ応用が利くはず……」
美月と神田が熱い議論を交わしている中、そのすぐ後ろの座席。
「まあ、そう落ち込むんじゃないよ」
「………」
珍しく本気でヘコんだ相羽が、六角から慰められていた。
「あーあ、今度こそ重傷かねぇ。よしよし、美月に振られたぐらいで泣くんじゃない」
「ううう……」
前の会話が聞こえているだけに、相羽は色々とやるせないのであった。