タッグ&中堅編のはじまり

 杉浦美月は怒っていた。
 いきなりメキシコから呼び戻されたので何事かと思ったら、特に何もなかった。
 社長はただ、遠征の成果が上がったと見て、美月を呼び返しただけ。
 何か特別な役割を期待するとか、美月に任せたい事柄があるとか、そういうのではなく。
 修行に行ってるんだから当たり前、という考え方もあるが、
 メキシコでのレスラー生活が充実していただけに、美月は納得できなかった。
 帰国した日にそういう事情が分かり、その時は社長に散々文句を言ってやったが、まだ気が治まらない。
 イライラしながら寮の元いた部屋に戻ってくると、
 同室の相羽がいきなり抱きついて来て、またイラっとする。
 それでも翌日からは、早速団体のシリーズに同行しなければならない。

 移動に使う大型バスに乗ろうとして、またまた気にくわないことに遭遇した。
 移動の際、美月は小川ひかるの横が定位置と決まっている。
 「車内で本を読んでも全く酔わない」という共通した特技を持つこの二人は、
 移動ではいつも隣に座り、互いに無言で黙々と本を読んでいるのが常であった。
 そんな小川が、今シリーズは怪我で欠場。
 仕方無く静かそうな場所を目で探していると、
 相羽が自分の隣をばんばん叩いてアピールしていたので無視した。
 後ろから三列目の窓側、今のところ誰もいない一角に座り、外を向いて他が乗りこむのを待つ。
 すると、
「と、隣に座ってもいいですか……?」
 と声をかけられたので、
「はい」
 と、相手を見もせずに答えた。
 わざわざ聞いてくるぐらいなので後輩だろう、と思ったし、何より今はイライラしている。
 幸い、その後美月の周囲には、真帆や上戸等の無神経・無遠慮かつ騒がしい人々が座らなかったので、
 旅の時間をしばし快適に過ごすことができた。

 窓の外を流れる風景を一時間ほど眺めてから、ようやく美月は気分を落ち着けた。
 腐っていても仕方が無い。
 プロレスラーたるもの、自分のポジションは自分で作らなければならない。
 そして最適なポジションは、周囲の状況を踏まえて考えなければいけない。
 ジョーカーから教えられたことであった。
 美月は、昨日相羽や内田から聞かされた、今現在の団体の状況を思い返した。
 まず、全体を巻き込んで関係するほど大きな抗争は無し。
 団体を一人で代表するほどのエースもいなければ、
 ブーイングを一手に引き受けるほどのヒールもいない。
 次にベルトごとに考えていく。
 美月の格からして一番近くにあり、
 かつ当面の目標としていた打倒内田という意味でも狙いたいのが中堅王座なのだが、このベルトは現在、
 タッグを解消して泥沼の抗争に入った内田と上戸の間で行ったり来たりしているらしく、
 割って入る余地が無い。
 また最高位王座については、今現在「世代交代」という重いテーマの元でベルトが争われており、
 これもぽっと出の美月が付け入るスキは無いように思える。
 もう一つジュニア王座という道も無くはないが、既に二度獲得しているし、
 折角の海外遠征帰りなのだから、もっと上を目指したい。
 とすれば、残るベルトは一つ。
 タッグ王座である。
 タッグ戦線は手薄になっている上、現王者が村上姉妹というのも、
 彼女らには申し訳ないが魅力的だった。
 だがしかし、タッグを組むにはもちろんパートナーがいるわけで、
 美月の周囲を見回してみた時、組んでくれそうな人間は一人しかいない。
 言うまでもなく、相羽和希だ。
「はあ……」
 メキシコ行きのずっと前、相羽と組んでジョーカーにタッグで勝った、なんてこともあったが、
 どうも美月から見て相羽は色々な意味で頼りない。
 とは言え、人脈に乏しい美月にはどうしようもなく、
 また一つ長い溜息を吐いてしまったところで、不意に横から声をかけられた。
「あの、杉浦美月先輩、ですよね……?」
 ん、と隣の席を見てみると、知らない顔が緊張した面持ちでこちらを向いている。
 やはり後輩だったようだ。
 それも全く見覚えが無いので、美月がメキシコにいる間に入団してきた人間かも知れない。
 ただ妙なことに、見た感じ美月よりも年齢は上のような気がする。
「ご迷惑でなければ、先輩に相談にのっていただきたいのですが……」
 彼女は、真剣だが遠慮がちな様子で、美月に対してそう切り出してきた。
「あ、ええ、まあその、私でよければ」
 いきなりのことに困惑する美月に、彼女、神田幸子は少しずつ語り始めた。

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by right-o | 2011-09-19 15:04 | 書き物