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メキシコ遠征、終わり

「いやー、我ながら予想通りのオチだった」
「ま、結局ああなりますよね」
 チョチョカラスとのタイトルマッチを終えた翌日。
 二人は並んで空港の中を歩いていた。
「でも、あれで美月に勝ちを譲られたら逆にどうしようかと思った」
「いくらなんでも、そこまで慎み深くありませんから」
「知ってる。それでこそ、プロレスラー」
 美月はガラガラと旅行カバンを引き摺りながら、
 ジョーカーは両手を組んで頭の後ろに回して、陽気そうに歩いていく。
「それじゃあ、ここで」
 手荷物検査場の前で、美月が振り返って言った。
「ところで、最後に一つ、真面目に聞きたいんですが」
「ん、なに?」
 明るく言ったジョーカーに対し、美月は真剣に尋ねた。
「どうして、こんなに良くしてくれたんですか?」
「好きだから」
 ニヤニヤしながらジョーカーが即答し、
 それを見てはぐらかされたと感じた美月は、ふっとため息を吐いた
「だから、そうじゃなくて……」
「好きだからさ。ファンとして」
 すると不意に柔らかい笑顔をつくって、ジョーカーは美月をそっと抱きしめた。
「自分で言うのも何だけど、私だってそう身体的に恵まれてる方じゃない。
 昔はクサってたりしたもんだよ。しょっちゅうね。
 そんな時、自分よりずっと小さなプロレスラーが必死にやってる試合を見たのさ。
 そしたら、この子がこれだけやってるんだから、自分も頑張らなきゃ、って思った。
 今まで他人を見てそういうふうに考えたこと無かったんだけど、
 その時は本当に素直に、そう思った」
 そう言ってジョーカーは美月を離し、顔を正面からのぞきこんだ。
「それから美月のファンになった。
 本当言うと、前に日本で試合した時も裏で話しかけようかと思ってたんだけど……あ、テレたな」
「て、照れてません!」
 美月は思わず目を背けてしまった。
「まあいいや。とにかく、私は杉浦美月のファンで、いつもどういう試合だろうと応援してるし、
 あなたの成功を心から願っている。それだけ、覚えておいていて欲しい」
「……ああ、はい」
 全くもってどうしていいかわからず、美月はただ小さく頷くばかりであった。
 こういうことは、もちろん日本にいた時も言われたことはなかった。
「それと……できれば」
 今度はジョーカーの方が言いにくそうに続けた。
「私のことも、同じように祈っていて欲しい。
 ……プロレスラーになってから、ここまで他人と親しくなったことはなくて」
「テレた?」
 すかさず美月がやり返し、ジョーカーもバツが悪そうに笑った。
「ま、私はメキシコに来て、憧れ、目標にする人が増えました。
 遠く離れていても、その人が成功するように願う気持ちは変わりません」
「……あ、ありがとう」
 二人は顔を見合わせて笑った。
「それじゃあ、もう行きます。本当にお世話になりました」
「うん、それじゃ、またいつか、どこかで」
 お互いに見えなくなるまで手を振ったあと、二人はそっと目尻をぬぐった。

by right-o | 2011-09-15 20:29 | 書き物