「ドライブ・バイ」「ディープインパクト」 杉浦美月VSジョーカーレディVSチョチョカラス

 メインイベントを終えたAACのリング上。
 今夜、チョチョカラス&マスクド・ミスティと向かい合ったジョーカー&美月は、
 レフェリーの死角で相手二人のマスクを同時に剥ぎ取る暴挙に出て、
 そのままジョーカーがチョチョカラスを丸め込んで勝利した。
「もう十分だ」
 差し入れられたタオルを被ったチョチョカラスがマイクを持つ。
「毎回毎回試合を台無しにして……一体何が目的でこんなことをする!?」
「……目的だと?」
 向かい合ったジョーカーもマイクを掴んだ。
 すぐ後ろに黙然と美月が立っている。
「目的は初めから一つッきりだ。
 お前が持ってるそのベルト。私たちの望みはそれだけだ」
「『私たち』……か、ふん」
 ほんの少し間を置いたあと、チョチョカラスはこう言い切った。
「だったら二人同時に相手をしてやる。
 次回、このアリーナで、AACヘビー級王座を懸けたトリプルスレットマッチだ!」
 この一言で、それまでブーイング一色だった会場が大いに沸き、
 同時に美月たちは驚きながらも満足げな表情を浮かべる。
「大した余裕だが、必ず後悔させてやるよ。
 次の試合が終わったあと、そのベルトを巻いているのは、この私だからな」
 ジョーカーが言い捨てたあと、後ろの美月の表情がほんのわずか動いたところで、
 この夜のAACのテレビ放送は終わった。

「まさか、向こうから言い出すとは思いませんでした」
「チョチョカラスもわかってるんだよ。私ら一人一人じゃ力不足だって」
 数分後、パーテーションで仕切られたシャワールームで、
 美月は仕切りの向こうに話しかけた。
「『AACヘビーのベルトに挑戦させてやる』って言ったろう?
 この展開が読めたから誘ったのさ。
 そういうわけで次こそ本番。気合だ気合!」
 仕切りの上からにゅっと伸びてきたジョーカーの拳に、美月は自分の拳を押し当てる。
「次の試合、チョチョカラスは惨めに負けてベルトを失う。
 そして王者として会場を去るのは……」
 「この私」、と二人の声が重なった。
 二人とも、もうこの時点からオチは大体読めている。

 前日美月にかかってきた電話は、日本にいる社長からだった。
 内容はそろそろ帰って来いというもの。
 AACでの美月の活躍が日本に知らされ、それで修行はもう十分と判断したようだ。
 このままAACに定着されては困る、という意図があったかどうかまではわからない。
 良いとも悪いとも言わず「そうですか」と言って電話を切ったあと、
 どう言い出そうか迷っている美月へ、ジョーカーはただ目顔で頷いて見せた。
 そして今日、いつも以上に強引な介入と挑発のあと、
 チョチョカラスに対して二人同時での王座挑戦を認めさせたのだ。
 それから一週間後、美月のメキシコでの最後の勝負が始まった。


『I CAME TO PLAY!!』
 かかったのは本来ジョーカーの入場テーマだったが、
 エントランスゲートからは美月が一人で姿を現した。
 これまで、ほとんどジョーカーと一緒に入場していたので、
 結果として毎回このテーマで入場することになってはいたのだが、
 今回、ジョーカーから入場テーマそのものを譲られたのだった。
 普段通りリングに上がり、ニュートラルコーナーから客席を睥睨すると、
 美月に対して一斉にブーイングが送られる。
(これはこれで、いい眺めだなぁ)
 呑気にそんなことを考える。
 不思議と緊張しなかったし、同時にこれが最後という哀愁も感じなかった。
 ただただ、現在の、AACの登場人物、ヒールの「美月」として立っているだけであった。
『I hear voices in my head, they council me,they understand,they talk to me……』
 続いて全く聞き慣れない、新しいテーマでジョーカーが入場して来た。
 相変わらず、ふてぶてしくて、傲慢で、狡猾で、残酷で、貪欲で、
 そんな様々な悪いイメージを、フェイスペイントを施した顔で表現しながら、堂々と花道を歩いてくる。
 役者が違う、と美月は感じた。
 あるいは自分がどう逆立ちしたって真似できない、目標にすべき存在ではないのかも知れない。
 しかし美月は、ひとまず考えることをやめ、これからやるべきことへ集中し直した。
 ジョーカーが青コーナーに背中を預けると同時に、場内の照明がやや明るさを落とし、
 チョチョカラスがステージに姿を現す。
 ベルトを巻いたままでリング下まで駆け抜け、勢いのまま跳躍。
 トップロープを飛び越えながら背中を丸め、着地と同時に転がって立ち上がる。
 これまた別の意味で真似できそうにない動作である。
 今夜も大歓声で迎えられたチョチョカラスは、ベルトを外しながら赤コーナーを背にし、
 試合開始のゴングを待った。


 どんなにチョチョカラスが強かろうとも、二対一。
 序盤はほとんどの観客にとって、とてもストレス溜まる展開となった。
 が、すぐに転機が訪れる。
 何度目かの連携を狙ったジョーカーと美月からロープへ振られた時、
 チョチョカラスはロープに背中を預けたまま、跳ね返るのを拒んだ。
「往生際の悪いっ!」
 と、突っ込んできたジョーカーを屈ませた上体に乗せて跳ね上げ、
 背後のロープを越えてエプロンに着地させる。
 同時にマットを両足で蹴り、バック宙。
 エプロンに立った直後のジョーカーの顔面に、オーバーヘッドキックが炸裂した。
「っ!?」
 声を出す間もなくジョーカーはリング下へ墜落。
 確かな手応えを感じたチョチョカラスは、リング中央に向き直りつつ立ち上がるべく、
 片膝を立てて顔を起こした。
 膝の上に何かが乗った感触と、目の前一杯にリングシューズの底が広がったのが同時だった。
「はあッ!」
 私を忘れるな、とばかりに、美月がチョチョカラスの膝を踏み台にして、
 もう片方の足で力一杯その顔面を蹴りつけた。
 ジョーカーと冗談半分で練習していた中で使った、シャイニング式の前蹴り。
「かはっ」
 不意を突かれたジョーカーを尻目に、美月は背中を向けてニュートラルコーナーに張り付き、
 両手をトップロープに乗せて自分の身体を引き上げる。
 再度チョチョカラスが立ち上がる瞬間を待って、セカンドロープからジャンプ。
 正面から飛びついて首根っこを小脇に抱え、思い切り背後に倒れる。
 コーナーから飛びついて決める、DDTであった。
 手応えあり。
 メキシコで得たものを全て吐き出すような攻めから、片足を取ってがっちりと片エビ固め。
 が、あとはフォールのカウントを待つだけだったはずの美月は、
 突然足を引っ張ってリング外に引き摺り出された。
「ふぅ、危ないところだった」
「何をする……!」
 勝利を邪魔された美月と、邪魔したジョーカーがリング外で対峙する。
 その光景に、客席からどよめきが起こった。
 この試合、ルール上は決して二対一ではない。
 ただ一人の勝者だけが王者となり、ベルトを巻くことができる。
 それぞれ味方など誰もいない、あくまで一対一対一なのだ。

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by right-o | 2011-09-12 19:17 | 書き物