「海外遠征」
「いつまでもイジケてんじゃねーよ」
「まあ別に、どうでもいいんだけど」
「そう落ち込むことないさ」
美月と相羽とノエルが暮らしていた部屋で、相羽が三人の先輩に囲まれていた。
「もうボクなんて、どうでもいいんですよ……」
「うん、あんたなんか全くもってどうでもいい」
相羽の呟きを、内田がばっさりと斬って捨てた。
「ちょっと、そういう言い方をするもんじゃないよ」
「そーだそーだ、置いて行かれた相羽の身にもなってやれ!」
本当に心底どうでもよさそうな内田に対して、六角と上戸がフォローを入れる。
さっきからずっとこのパターンの会話が繰り広げられていた。
美月とノエルが、ある日突然海外遠征に行くと言い出したのが半年前。
行かないでと縋る相羽を蹴り剥がして二人は部屋を出て行った。
翌日、「ボクも海外遠征に行かせてください!」と直談判した相羽に対し、
社長は若干目を逸らしながら、「相羽は……普通に成長してくれればいいよ」と一言。
それ以来、すっかり意気消沈してしまい、
リング上でもそれ以外でも精彩を欠く相羽であった。
元からリング上で精彩を放ってなどいなかったが。
今日はそんな元気の無い後輩を心配して――という建前で――三人の先輩方が相羽を訪ねてきたのであった。
ただし両手に酒と肴を携えて。
「っていうか、あなた妙に相羽の肩持つじゃない。
何なの?馬鹿同士で親近感が涌いてるの?馬鹿は馬鹿を呼ぶの?」
「なんだとテメェ!表に出ろ!!」
「はいはい二人とも喧嘩しない。今日は相羽を慰めに来たんだろー?」
相羽以外の三人ともアルコールが入っている。
普段以上に口さがない内田と、普段以上に沸点の低いの上戸をたしなめながら、
面白そうにニヤニヤしている普段通りの六角であった。
「そうそう、そういえば、美月が雑誌に出てたよ。ほら」
六角はそう言って、低いテーブルの上に散らかったスナック菓子を片付け、
週刊のプロレス雑誌を開いて置いた。
「あ、生意気にもインタビュー記事だと……ん?」
紙面を覗き込んだ上戸と内田が、微妙な顔をして固まった。
そして一瞬遅れてから、何故か肩を震わせて笑い始めた。
「ぷぷっ……何か……何なんだコレ?」
「く、燻ってたって……な、何が?」
記事そのものは普通のインタビュー記事で、
単に美月がメキシコでの暮らしとかプロレスについて答えているものだったが、
表題に、美月の写真と一緒に大きく「燻ってたんですよ、あの頃は」と載っている。
その一言が、取り澄まして写っている美月と全くイメージが合わず、
非常にシュールな感じを醸し出している。
「まあ本人にしてみれば意識しなかった一言なんだろうけど、
書いた人が面白がってタイトルにしちゃったんだろうねえ。
それはともかく、うまくやってるみたいだよ、美月は」
先輩たちの間から、相羽もそーっと記事を覗いてみた。
内容は確かに、メキシコでの充実ぶりを示すものである。
「いいなぁ……」
「だーかーら、お前はいちいち落ち込むなって」
上戸が相羽の頭を乱暴に揺すった。
「大体、お前海外に行って何するんだよ。何かやりたいことでもあんのか?」
「いや、それは……」
ぼそっ、と、内田が口を挟む。
「あの子はずっと、今のままじゃダメだって思ってた。
で、色々やって変わったんだけど、壁に当たってたから、それを何とかするために海外へ行った。
まあ与えられたチャンスではあるんだけど、成長したいって強い意思があるのよね。誰かと違って」
相羽が怯んだところへすかさず追い撃ちをかける内田であったが、
(そういう自分は、知らず美月の肩を持ってるじゃないか)
と、六角は思わなくもない。
「それにしても、海外遠征と言っても色々あるね。何も修行に行くだけじゃない。
現にノエルなんかは向こうからご指名だったって話だろ」
「え、そうなんですか……?」
もう一人の同期がそこまで買われていたことを知った相羽は、更に深く落ち込んでいくのであった。
「あの体格であのパワーならね。アメリカでもウケるんじゃないの」
「あとそう、最近だと龍子も行ったっけねぇ。ワンマッチだけどうしても、って言われて」
龍子はこれまで、ほとんど海外に行った経験が無かったが、
いつの間にか海外のファンの間で「まだ見ぬジャパニーズ・レジェンド」として幻想が膨らみ、
それを汲んだある団体から一試合だけ呼ばれたことがある。
試合は何をやっても異様に沸きかえり、
終了後は「Please come back!」のチャントが鳴り止まなかったという。
「あと逆に、向こうで有名になって帰ってくるパターンもたまにあるわね」
「真田とか武藤みたいなのか?」
「いや、武藤はどうかねぇ」
真田は日本でそれほど知られたレスラーではなかったが、
アメリカのインディー団体で有名になり、そこが潰れたあとでもっと大きな団体に拾われ、
そこで更に有名になったあと、色々あって自分の意思で日本に戻ってきた。
武藤は日本でも既に有名だったが、
アメリカではフェイスペイントをした極悪ヒールレスラーとしてブレイクしたのだった。
今では武藤の別人格ということになって、ネタに困るとたまにやっている。
「海外だと別キャラ、ってのもたまにあるわね。現に美月も今はヒールらしいし」
「想像できねーな。あとそうだ、ソニックキャットもそのパターンで生まれたのか?」
「……は?」
「いや、この前あいつが『結城みかはリヴァプールの風になったんだお』って」
「それは別キャラとは違うんじゃないかい……」
という感じで、相羽たちは相羽たちの生活を送っているのだった。
一方、メキシコ。
「っくし」
「誰かが噂をしてる、だっけ?そろそろこの前のインタビューが雑誌に載ってる頃じゃないかな」
唐突なくしゃみをした美月を見て、ジョーカーが言った。
「別に噂されるような内容じゃありませんけど……」
美月が言いかけた時、不意に携帯の着信音が鳴った。
「……海外通話?」
液晶には、見慣れた日本式の電話番号が並んでいた。