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「フォールの入り方」

 とあるメキシコの午後。
 誰もいないAACアリーナのリング上で、美月とジョーカーが練習していた。
 ジョーカーがランニングやらスクワットやらの基本練習を嫌っているため、
 自然と二人の練習は実戦形式のスパーリングが主になる。
 それも普通にやるのではなく、毎回ごとにジョーカーがテーマを設定する。
 今回は「シャイニング式の技は出尽くしたのか?」というテーマの下、
 二人は互いに、
 “可能な限り「シャイニング~」と名のつく、
 片膝をついた相手に仕掛ける技を狙っていかなければならない”
 という謎ルールに沿って、今日もスパーリングに勤しんでいた。

(飽きたなあ……)
 低空ドロップキックで膝を打ち抜く王道パターンで片膝をつかせてから、美月は思った。
 もう既に、正調シャイニングウィザードは元より、
 踵落し、延髄斬り、フェイントヒールキック、三角締め等、大概のシャイニングな技が出尽くしている。
 そしていい加減に毎回の謎ルールにも辟易してきていたが、
 とりあえず膝をつかせてしまったものは仕方が無い。
 やる気無くジョーカーの左膝に飛び乗った美月は、勢いのまま適当に右足を突き出した。
「ゲフッ」
 これで意外にも体重の乗った一撃がジョーカーの横っ面を蹴り飛ばし、ダウン。
 美月はこれ幸いとすかさずフォールへ――
「あっ、と」
 倒れたジョーカーと交差するように覆い被さって気がついた。
 カウントを数えるレフェリーがいないため、フォールに行っても仕方が無いのである。
「……ちょうどいいから、ちょっと休憩しよう」
 顔を蹴られて目を回したジョーカーが、下からそう呻いた。

 
「それにしても、流石日本のレスラーはちゃんとフォールで押さえ込んでくるよね。
 こっちは結構、その辺が雑な人も多いんだけど」
「はあ、そういう点は教え込まれましたから」
 基本的に、美月はフォールの際に相手の両肩を両手で押さえる形で体固めに入る。
 大柄な相手の足を抱え込むことは、体格の小さな美月にとって時に楽な作業ではないため、
 手間無く素早くフォールに入ることを優先した形だ。
「ま、そういうの大事だよね。あんまり真面目に押さえ込んで、
 それで本当に試合が決まっても困るんだけど、何ていうか、説得力がね」
 そう言うジョーカーは、基本的に片エビ固め。
 仰向けの相手の左右どちらかから覆い被さり、
 反対側の足を片手で引っ掛けて持ち上げつつ、背中で相手を押さえ込む。
「どんなに焦っていても、持ち上げる足を間違えないのがコダワリ。
 格好悪いからね」
「……ふーん」
 相変わらず、プロ意識なのかオタク根性なのかわからない拘りを語るジョーカーであった。
「あとね、片エビといっても、相手と正対する形で押さえ込むと、ちょっと必死さが増すかな。
 さらに自分の足で相手のもう片方の足も固めるとなお必死な感じ。
 まあでも、これは背中で押さえ込む形でも一緒か。
 相手の両足を両手で抱え込んで、ぐっと相手を折り曲げるんだよね」
「ああはい、そうですね」
 流石についていけなくなった美月は、適当に相槌を打ちながら聞き流した。
「……真面目に聞いてないな。フォールの入り方一つとっても、プロなら拘るべきなんだよ。
 例えば、八島静香。彼女には拘りを感じるね」
「八島静香って、……あの八島さんですか?」
 パワーファイトを売りにする美月の先輩だが、
 とてもフォールの入り方などに拘っているとは思われない。
「わかってないなあ。ほらちょっとそこに寝て」
 ジョーカーは、言われるままマットに横たわった美月の両手首をそれぞれ掴み、
 頭の上に回して万歳させるような形で押さえ込んだ。
「八島のフォールはこういう形。いやー、他じゃ見たこと無いね」
「いや独特な形なのはわかるんですけど、これ全然肩を押さえつけてませんよね」
 何しろ押さえつけられているのは手首だけなので、下になった美月は苦も無く右肩を上げて見せた。
「いいんだよ、カッコよければ」
「いやさっき説得力て」
 口答えしかけた美月に対し、ジョーカーは右前腕で顔面を押さえつけて黙らせた。
「ちなみに、八島がキレてる時はこの形のフォールね」
「………」
 押さえつけながら腕をごりごりと美月の顔面に押し当てて圧迫する。
「よし、跳ね除けてみ」
 ジョーカーがちょっと力を抜いた瞬間、言われるまでもなく美月は跳ね起きたが、
 すぐに力づくで引き倒され、再度腕を顔に押し付けられた。
「と、こういう形で続けてフォールに入って、相手の体力を地味に奪うのがエミリー・ネルソンね。
 ひょっとすると、何かランカシャー的なテクニックなのかな」
 いや絶対それイギリスのランカシャースタイル関係無いよね、とか思いながら、
 美月は次やられたら腕十字に切り返してやろうと決心し、準備する。
「あと独特と言えば十六夜美響かな。Rest In Peaceってね」
 押し付けていた腕を離しつつ、ジョーカーは美月の頭側に移動し、
 美月の両手首を今度は胸の上で組み合わせるように置き、その上から体重をかけて押さえ込んだ。
 ちょうど棺桶に入れられて埋葬される死体のような姿勢である。
(ちっ)
 切り返せなかった美月は心の中で舌打ち。
 が、直後にやり返す機会が巡って来た。
「そしてこれがフレイア鏡式の踏み付けフォール――」
 美月の胸板辺りを踏みにきたジョーカーの右足首を掴み、素早くマット上で姿勢を180度回転。
 ジョーカーの右足に両足を絡ませて引き倒し、足首を脇に挟んで思いっきり反り上げた。
「こ、これは美月がデビューした時の必殺技アキレス腱固め……痛い痛い痛いッ!!」
「ああ、流石によく知ってますね」
 言いながら涼しい顔で更に捻り上げてやった。
「で、でも結局この技でギブアップを取れたことは無……!!」
「そうでしたっけねー。じゃあ記念すべき第一号になってください」
「くぅぅ、ロープが遠い……!」
 あくまでギブアップは拒否し、ロープに手を伸ばすジョーカーであった。
 美月のメキシコでの日々は、大体こんな感じで過ぎて行くのだった。

by right-o | 2011-08-14 17:31 | 書き物