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「グリーンベイプランジ」「ハイクロス」 ノエル白石VSソフィー・シエラ

 とあるメキシコの夕暮れ。
「ふー………」
 買い物からアパートの一室に帰って来た美月は、
 買い物袋を提げた手でドアを閉めながら、大きく息を吐いた。
「おや、今日は囲まれた?」
「ちょっとした人だかりができてました」
 ベッドに寝そべりながらPCを見ているジョーカーに返事をしながら、
 美月は、買いこんで来た一週間分の食料を床にどさりと置いた。
 チョチョカラスをKOした試合以降、町を歩いていて声を掛けられることが度々ある。
 応援されたり、握手を求められたり、冗談混じりにリング上の悪行を非難されたり。
 何しろ日本では全く無い経験だけに、最初は大いに戸惑った。
「ま、日本で言えば地上波のゴールデンタイムに出てるわけだからね。
 そりゃあ外歩いてれば注目されるよ。……気分いい?」
「……少し」
 珍しくはにかんだ美月は、正直な気持ちを認めた。
「あ、何か今可愛かった」
「え、いや……!?」
 ジョーカーがにやーっと笑い、反対に美月はバツの悪そうな顔をする。
 二人とも、もうすっかり打ち解けていた。
「といって、ここで満足してもらっては困るからね。今日は一つ、刺激を用意してみた」
「刺激?」
「そう。外に出て頑張ってるのは、美月だけじゃないってことでね。
 まあ、何か食べながらでも見ようじゃないか」
 そう言って、ジョーカーはベッドに乗せたPCを美月の方に向けながら、
 床に置いてある買い物袋に手を伸ばした。
「あ!」
 PCで再生された映像には、懐かしい顔が映し出されていた。


 リング上、ノエル白石とソフィー・シエラが組み合ったまま、動かない。
 美月と同じく、足にすがってくる相羽を蹴りはがして海外に旅立ったノエルは、アメリカにいた。
 そしてその体格に似合わぬ腕力はアメリカでも存分に発揮され、大きな注目を集めている。
 そうやってファンの支持を受けた結果がこの試合、世界王座への次期挑戦者決定戦であった。
 ただし相手のソフィーも並のレスラーではない。
 共に腕力を売りにする両者は、暫く互角のままでじっくりと組み合った。
「ちっ」
 長い硬直状態から、遂に埒が明かないと見たソフィーは、素早くヘッドロックに移行。
 ノエルはロープに押し込んで反対側に飛ばそうとするが、容易には放さない。
「!」
 さらにギリギリと締め上げようとした瞬間、ソフィーの両足がマットを放れた。
 自分よりずっと大柄の相手をバックドロップに切って落としたノエルは、
 いつもと変わらない無表情のまま、むっくりと起き上がった。
 
 パワーファイター同士の対決はほぼ互角の様相を呈していたが、
 そうした場合はやはり、ずっと体の小さいノエルの方を応援する声が大きい。
 決して表情には出さないが、ノエルはその声援に応えるような攻勢に出た。
「……ふぅっ」
 クローズラインにきたソフィーの懐に潜り込み、胴を背中に乗せて一息で持ち上げる。
 そこから一瞬体を沈ませて跳ね起き、ソフィーをうつ伏せの姿勢で空中に跳ね上げた。
「ぐっ!」
 無防備に落下してくるソフィーの腹部を、待ち構えていたノエルの両膝が直撃する。
 しかしカバーには行かず、ノエルは苦しむソフィーを再度肩に担いだ。
 一つ大きな深呼吸をしてから、小さくジャンプしつつ前に回転。
 肩の上に乗せたソフィーを、背中からマットに叩きつけた。
 と同時に、ノエルは自然とソフィーの腹部に全身で突き刺さるような形になる。
 逆さまになった体を足から前に倒し、足をクラッチしてカバーへ。
「がぁッ!!」
 が、続けて腹部に打撃を食らいながらも、ソフィーはカウント3を拒否した。
「まだよ……!!」
 腹を押さえて立ち上がるソフィーに、ノエルは特段意外な様子も見せずロープへ走る。
 トドメを狙ってのラリアット。
 顎を打ち上げるように振り上げたノエルの腕が届くより早く、ソフィーが右足を前に突き出した。
「!?」
 首をもがんばかりのカウンターだったが、ノエルは倒れない。
 対して今度はソフィーがロープへ走る。
 背中に反動をつけてノエルに相対すると、体ごと飛び上がるように左足を振り上げ、
 その左足を下げる勢いを乗せて再度右足を振り上げる。
 流石のノエルも今度は耐えられなかった。
 どんなに腕力があっても、最終的に質量の勝負となれば負けざるを得ない。
 暫く息を整えたソフィーは、ノエルを軽々と背中合わせに担いだ。
 両手を脇の下に入れて真上に持ち上げ、まるで相手を十字架に架けるような体勢。
 そこから前に倒れ込み、ノエルをマットに叩きつけた。


「「惜しいっ!!」」
 3カウントが入った瞬間、美月とジョーカーは同時に床を叩いていた。
「よくやっているんだけど、どうしても最後は体格がなあ……」
 完全に自分の方がのめり込んで見ていたジョーカーの横で、
 美月は、自分と同じ境遇の仲間から確かに刺激を受け、それを静かに噛み締めていた。
 ただ、あと何かもう一人いたような気がしたが、強いては思い出さないことにした。

by right-o | 2011-07-03 20:25 | 書き物