「逆トペ」 杉浦美月VSチョチョカラス

 とある日のAAC常設会場。
 関係者用の入口を通り、廊下に貼ってあるマッチメイク表の前を通り過ぎようとした美月の足が止まった。
「……!?」
 思わず二度見してしまったマッチメイク表の、一番上に美月の名前があった。
 相手はチョチョカラス。
 それもシングルマッチである。
「あ、来た来た。今夜は頑張ってな」
「な、え……?」
 にこやかに歩み寄って来たジョーカーに対して、美月は陸に上がった魚のように口をぱくぱくさせている。
「そのカード、偉い人に直訴したらあっさり通っちゃった」
「あ、そうなんで……なぁッ!?」
「いやー、何事も言ってみるもんだねえ」
 てへっ、と舌を出してウインクするジョーカーであった。
「そ、そんな、いきなりこんな試合組まれても」
「ナニ言ってんの。私の片棒を担いでもらうんだから、ここはあっさり勝ってもらって」
「勝つって……」
「勝つのさ。それもきっちり3カウントでね」
 困惑する美月の前で、ジョーカーの表情がリング上の冷たい笑顔に変わっていった。


 ジョーカーに伴われ、ジョーカーの映像と入場曲が流れる中で、
 美月はメインイベントのリングに姿を現した。
 それだけで、温まりきった会場は凄まじいブーイングに包まれる。
 そのブーイングの中を、いつものようにニヤニヤしているジョーカーとは対照的に、
 美月はいつも以上の無表情を装ってリングへ歩を進める。
「何があっても動じるなよ。平常心平常心」
「……」
 言われなくても、そうそう感情が表に出ない美月であったが、
 今回は特にジョーカーから念を押されていた。
 周囲へのアピールが不得意なら、中途半端にやろうとせず、あえて全くやらない。
 ジョーカーのアドバイスによる、ヒールならではのキャラクター確立法である。
「さあお出ましだ!」
 青コーナーに落ち着いた美月の背後、エプロンからジョーカーが声を上げた。
 と同時にチョチョカラスの入場が始まる。
 入場ゲートを出て軽く観客にアピールすると、リングに向かって一直線。
 ステージ上からランプを駆け下り、勢いのまま場外からトップロープを飛び越えてリングイン。
 背中を丸めての着地から、流れるような鮮やかさで立ち上がる。
(……あれ?)
 今この人、さらっと凄いことしたような。
 美月がそんなことを考える間もなく、試合開始のゴングが鳴った。
 

 まずは美しいアームホイップ二連発から、
 チョチョカラスは自分よりずっと身長の低い美月にコルバタを決めて見せる。
(流石は王者……!)
 あっという間に三度も宙を舞わされ、ロープを背負いつつ起き上がった美月は、
 さらに突っ込んで来たチョチョカラスに対し、身を屈め、背中に乗せて跳ね上げた。
 すかさずトップロープを掴んだチョチョカラスがエプロンに着地したところで、
 下にいたジョーカーが待ってましたとばかりに場外へ引き摺り下ろす。
「何をするッ!」
 当然怒ったチョチョカラスとジョーカーがやり合い始めたのを尻目に、美月は反対側のロープへ走る。
(こんなことだろうとは思ったけど)
 当たり前のように介入してきたジョーカーに注意の向いた相手目掛け、
 美月はロープのやや手前で踏み切った。
 空中で身を縮め、両足を前に突き出した美月は、トップロープとセカンドロープの間を高速ですり抜けた。
「ぐぁッ!」
 チョチョカラスの横っ面へ、リング内からのドロップキック。
 美月の考えた、頭からではなく足から突っ込むトペ・スイシーダであった。
 すかさず、どうよ、と美月はジョーカーを見たが、いない。
「?」
 その頃、周囲の注目が美月に集まると同時に、ジョーカーはリングの下に潜っていた。
 そして美月たちがいるのとは逆方向から、
 イスを手にして姿を現し、ゆっくり忍び足でリングに上がる。
 まずは場外の美月たちに気を取られているレフェリーの頭を一撃、
 気づいた美月が唖然とする間に、場外で起き上がりかけていたチョチョカラスにもイスを投げつけた。
「上げろ!」
 イキイキと悪行を働くジョーカーの指示を受け、美月はチョチョカラスをリングに押し入れる。
 頭にイスが直撃したチョチョカラスを強制起立させ、電光石火のダイヤモンドカッター。
「やれッ!」
 親指を下に向け、ジョーカーが最後の指示を出す。
 美月にとって、覚悟を決める時であった。
(これがヒールのやり方、か)
 チョチョカラスの頭を太股に挟んだ美月は、親指を自分の首筋に当ててゆっくりと横に引く。
 そして相手の背中に張り付きながら、両足でマットを蹴った勢いで相手ごと前方回転。
 前転式のパイルドライバーが完璧に決まった。


 ダウン中にいくつもの反則を見逃したレフェリーが都合よく蘇生し、
 チョチョカラスに覆い被さる美月を見て3カウントを入れる。
 その瞬間、場内は美月たちが入場してきた時の、さらに数倍のブーイングに包まれた。
「快感だろ?」
 両手を振って憎らしげに観客を煽るジョーカーの横で、
 ヒール美月は、事も無げに自分が下した相手を見下ろしていた。

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by right-o | 2011-06-20 21:36 | 書き物