「場外ダイブ」
「ところで折角メキシコに来たんだし、ルチャ殺法でも覚えて帰らない?」
前転式パイルドライバーのダメージから回復したジョーカーが、
首の状態を確かめながら言った。
「今時ルチャ殺法て……。大体、無茶な飛び技はやめろとか言ってませんでしたっけ?」
「無茶じゃなきゃいいのさ。あ、ちょうどいいや、
お手本のついでにパイルドライバーのお返しするから、そこ立って」
いや、それはアンタがやれって言ったんじゃん。
そう言いたげな美月に対し、ジョーカーは鼻をならして場外を指さした。
「せーのっ、と」
場外に立つ美月と反対側のロープへ走ったジョーカーは、
跳ね返ってきた勢いのまま、美月の目前でトップロープを掴みながら踏み切った。
体を横に流してロープと平行になりつつ、前方へくるりと一回転。
見事にちょうど正対する形で回転を終え、真下にいた美月を押し潰した。
「おふっ」
全体重をほんの一瞬だけ美月に預けたあと、すぐに足を畳んで着地。
仰向けの美月に手を差し伸べる。
「どうよ?こんなカンジで」
「……まあ、無理ですね」
多分、飛んで回転するだけなら美月でもできるだろう。
ただし、その後正確に相手の上目掛けて落下したり、
まして全くダメージを受けず、自分だけ両足で着地するようなことは到底不可能だ。
「そうかー。じゃあ色々試してみようかね」
「あ、いや、それはまたの機会で……」
このまま実験台にされ続けてはかなわないので、美月はさっさと会話を引きあげることにした。
少しあと、美月たちが暮らしているアパートの部屋。
「いやー、探せば見つかるもんだねえ。日本食」
「そうですね……」
練習後、部屋に帰る途中のスーパーで買ったインスタント味噌汁を啜りながら、
美月はどうにも納得のいかない顔をしている。
日本食と言えば日本食だが、
自分の考えた技がレトルト食品と引き換えというのはちょっと安過ぎる気がする。
だがジョーカーの方は、先ほどの使用許可の約束について、
これで無かったことにする気満々であった。
「よく味わってお食べ」
してやったり、の笑みである。
「……」
この時ばかりは、世界中に広まりつつある日本食がちょっと恨めしかった。
「さて、ルチャ殺法の話に戻るけど、どんな飛び技だったらできそうかな」
「別に飛び技だけがルチャ・リブレってわけでもないでしょう」
「いやいやいや、日本ではそう思われてるんじゃないの?
ていうかメキシコに武者修行に来たんだから、普通は飛び技を携えての凱旋帰国じゃないの?
あと、個人的にジャベ(ルチャの関節技)は凝り過ぎてて嫌い」
言葉の端々に色褪せたストロングスタイルを覗かせながら、熱弁を振るうジョーカーであった。
「じゃあトペで」
「今時スーパーヘビーでも使うわ」
俗に言うトペ、正確に言うとトペ・スイシーダは、相羽の得意技だったりする。
「何も考えずに突っ込んで行くのは、和希さん得意ですもんね」とは美月の弁。
「ならプランチャ」
「宇宙人式、もしくは三角飛び式なら可」
見た目、単にトップロープを越えて相手の上に落ちるだけに見えるのがプランチャ・スイシーダ。
しかしディアナは、一旦トップロープに両足で飛び乗り、
場外鉄柵の向うにいる相手へ大胆に飛んで見せる。
一度その様子を見たAGEHAが、「アレは宇宙人ですカ!?」と言ったので、
その後宇宙人式と呼ばれるようになったとかならないとか。
また、榎本綾の場合、場外にいる相手の目の前ではなく、
側面側にあたる方のトップロープ上から飛ぶので、三角飛び式と言われる。
「……トペコン」
「譲歩したつもりだろうけど、ノータッチなら可」
トペ・コンヒーロは、トップロープを飛び越しながら前に回転し、
丸めた背中から相手にぶつかるという技。
飛ぶ際にロープを掴むのが原型だが、最近は掴まないで飛ぶのが当たり前のようになりつつある。
これを得意とするのがドルフィン早瀬で、ジャンプしてから体を丸める前、
一度背中を大きく反るのが特徴。
その様子はリングネームの通り、イルカのように美しいと形容される。
「ケブラーダ……ができれば苦労はしないか。
ふーむ、何か手軽でルチャっぽい技って無いもんかな」
上を向いて自分の記憶を漁り始めたジョーカーに対し、
美月はふと、別の考えを思い浮かべていた。
(何も頭や背中を向けて飛んでいく必要は、無いんじゃないかな)
そんな当たり前の考えが、ちょっと意外な技を編み出す結果になるのだった。