「RKO」
観客のいない、がらんとしたAACの常設会場で、
美月とジョーカーが実戦形式のスパーリングをしていた。
「はっ!」
背後をとった美月が、ジョーカーの両肩に手をかける。
腕の力で自分の体を持ち上げつつ、跳び箱を跳ぶような形でジャンプ。
ジョーカーを飛び越しつつ後頭部を掴み、落差のあるフェイスクラッシャー……というのが、
前の試合で美月が見せた新技だったのだが、
「ふふん」
ジョーカーは身を屈めて美月をかわし、自分の前に着地した美月の両肩を掴む。
そこから、一瞬前の美月の動きをなぞる様に、跳び箱の要領で美月を飛び越しながら、
空中でやや体を左に傾けて、真下にある美月の後頭部を右膝の内側で蹴りつけた。
そのまま右足に体重を預けることで、美月の頭をギロチンドロップの形でマットに叩きつける。
美月の額がマットで弾んだ。
「くぅッ……!」
「ひひひ」
頭を強打して動けない美月を見下ろし、ジョーカーはいたずらっぽい素の表情を見せた。
が、次の瞬間には試合モードの冷たい笑顔に切り替わり、
うつ伏せからゆっくりと起き上がろうとする美月の横から、頭を突き合わせるように倒れ込みつつ、
両手でマットを大きく叩く。
手をついて少しずつ起き上がろうとする相手を、ジョーカーは間近で舌舐めずりしながら観察。
遂に美月が上体を起こす寸前、前に突き出た首へ飛びつく。
溜めを作ってから大きく躍動し、説得力十分のダイヤモンドカッターで切って落とした。
「一時期ちょっと流行り過ぎた感があったけど、良い技だよね。ダイヤモンドカッター」
「……」
リング上、胡坐をかいてペットボトルの水を飲むジョーカーの横で、
美月はどうにか、うつ伏せから仰向けに体を転がし、天井を仰いだ。
まだ頭がガンガン鳴っていて、酷く痛む。
「何より仕掛ける相手を選ばないところがいい。機会があれば使ってみるといいよ」
メキシコに来てからこっち、二週間ほど一緒にいてわかったことだが、
ジョーカーは試合中とその他のオン・オフの切り替えが非常にはっきりしていて、
しかもその落差が激しい。
ずる賢く嗜虐的なヒールの仮面を取ってしまえば、ファン気質を多分に残した茶目っけのある少女である。
年齢も多分、美月とそんなに変わらない。
「……それはともかく、さっき人の技を盗みましたよね」
「ふふん、人聞きの悪い。ちょっとアレンジを加えれば、もう別の技と言ってもいいのだよ。
小指の角度が違うってね」
たまに美月でも知らない日本のプロレスの故事を引いてきたりもする。
「まあ正直、良い技だから是非使わせてもらいたいんだけど、ダメかな?」
それでも一応マジメに許可を求めてくるあたり、良い奴ではある。
「……そろそろ日本食が恋しくなったんですけど」
で、マジメに来られると、ついこんな答え方をしてしまう辺り、美月は間違いなく嫌な奴である。
「う、さらっと無茶言うなあ。うーん、まあ……探してみる。
さて、そんなことよりも」
ジョーカーはペットボトルを投げ捨てて立ち上がった。
「この前の試合、もっと凄い技を出したろ。アレをもう一回見たい」
「アレ?」
「パイルドライバー。あれは絶対に自分のモノにすべきだ」
前の試合、美月はターニャを前転式のパイルドライバーで完全KOしたのだ。
ただそれは、美月が通常のパイルドライバーを仕掛けようとしたところを、
力任せに返そうとしたターニャが勢い余って後ろに倒れたため、偶然そうなったようなものであった。
「あの形を自力でできるとは思えないんですが」
「とりあえず試してみることさ。もしあの形をモノにできれば、今まで全く見たことの無い新しい技になる。
美月の代名詞になるぞ。それにもっと大げさに言えば、……プロレスの歴史に残るね」
妙に熱っぽく語るジョーカーに対し、そういうもんですかね、
という感じで、美月は仕方なく付き合うことにした。
屈ませたジョーカーの頭を自分の太股に挟み、体に両手を回してホールド。
そこから持ち上げて尻餅をつくことで、相手の頭頂部をマットに叩きつけるのが通常のパイルドライバー。
しかし、これから美月がしようとしていることは逆であった。
(そういえば、あの時は必死で背中に張り付いてたんだった)
持ち上げるのではなく、背中の上に覆い被さるようにべったりと相手に張り付く。
こうすることで、回転の軸が低い位置にくる。
「よっ」
小さく気合をつけ、ジョーカーの頭を挟んだままジャンプした。
「おおっ」
美月の重さと勢いに引き摺られたジョーカーの頭が、立った時と同じ位置に上がり、
そこからさらに4分の1の孤を描いてマットに激突する。
「ごふっ」
綺麗にパイルドライバーの形で頭から着地したジョーカーは、
しばらく両足をバタバタさせながら子供のように痛がっていた。
「こ、これは……二人分の体重に加えて遠心力の勢いが加わって……
ふふ、説得力は申し分無いな……」
痛がりながらも何故か嬉しそうに呟いているジョーカーを見下ろして、
美月もようやく小さな手応えを感じていた。
この技なら、やり方次第ではどんな相手にも掛けられ、威力はジョーカーが身を以て証明してくれた。
加えて誰の真似でも無い。
自分だけの必殺技。
これまで地味を通して来たプロレスラーが、ようやく小さな輝きを手に入れた。