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「コタロークラッシャー」 杉浦美月VSターニャ・カルロス 

 メキシコに着いた次の日は、色々な人や場所を紹介されている内に目まぐるしく終わった。
 そしてその次の日には、美月は早速試合をやることになった。
「まあ、そんなもんだよ」
 と、ジョーカーに言われる間でもなく、修行に来た美月にとって試合が組まれるのは望むところなのだが、
「……ホントにここでやるんですか?」
 美月たちは明らかに数万人規模と思われる会場に来ていた。
 昨日案内された場所ではあるが、
 その時はまさか自分が、いきなりここで試合することになろうとは思ってもいなかった。
「ここがAACのホームリングだからね。とはいえ試合そのものはアンダーカードだし、
 とりあえず雰囲気に慣れると思って頑張ってきなよ」
「……はい」
 何にせよ、組まれた試合から逃げるわけにはいかない。
 気持ちを切り替え、試合の準備を始めようとする美月をジョーカーが引き止めた。
「大事なのは“頭から落とすこと”。忘れないように」
 ジョーカーは、親指を下に向かって突き出しながらそう言った。


 初めて体験するような大観衆の中を、美月は試合に集中することだけを考えながらリングに向かう。
 周囲の反応を気にかける器用さは無いが、周囲を無視する集中力はあった。
(あれっ……)
 が、リングに上がって向かい合った対戦相手を見て、美月はちょっと拍子抜けしそうになった。
「負けないぞっ」
 という感じで気合を漲らせている対戦相手は、美月より小さかったのだ。
 いやいや、と気を取り直して美月は厳しい視線を対角線上に向ける。
 メキシコといえばルチャ・リブレである。
 きっと体格を補うだけの華麗な空中技を持っているに違いない。
 そんなことを考えている内に、美月のメキシコマットデビュー戦のゴングが鳴った。

 ターニャ・カルロスという、頭に花飾りをつけた可愛らしい対戦相手は真っ直ぐに向かってきた。
 リング中央、自然な形で組み合う。
(……ん?)
 押そうが引こうが、びくともしなかった。
「えいっ!」
 いきなり相手から突き飛ばされ、美月はマットに転がる。
「どうしたの?大したことないよっ!」
 小さく力こぶを作ってアピールするターニャに、観客はやんやの大歓声。
 見た目通りの人気者のようである。
 続いてターニャは強引に美月をロープに押し込んで反対側に振ると、
 戻って来たところを(自分の身長に比べて)高々と放り投げた。
(ああ、そっちか)
 投げられながら美月はようやく認識を改めた。
 ターニャは、要するにノエルタイプのプロレスラーであった。

 ノエル系ではあってもノエルほど脅威ではなかったので、
 分かってしまえばターニャはそれほど苦戦する相手ではなかった。
 突っ込んできたところで右足をカニ挟みのようにして引っ掛け、
 見事に顔面からマットに激突したターニャの上を取ってSTFへ。
 そこからは主に足を狙って関節技を続けつつ、
 見ている側に飽きられないよう合間に飛び技なんかを挟んでやる。
 こういう綺麗にまとまった動きは逆に珍しいらしく、一応観客に受けてもいた。
(そろそろ、いいか……!)
 完全に試合を握っていた美月は、七、八分経ったところで終わらせようと動いた。
 力任せに振り回すターニャの、今まで見た中で一番低いラリアットを掻い潜り、後ろを取る。
 そして、美月はその小さな肩に手を掛けてジャンプ。
 跳び箱の要領でターニャを飛び越しつつ、後頭部を右手で掴んで落下。
「わわッ!?」
 落差をつけたフェイスクラッシャーが決まった。
 美月がこっそり考えていた新技である。
 このままフォールに行ってもよかったが、美月は目を回しているターニャ無理矢理引き起こし、
 その頭を両足の間に挟んでみた。
 頭から落とせ、というジョーカーの言葉を思い出していたのだった。
 ただ、
(滅多に無い機会だし、一回ぐらいやってみようか)
 という程度の考えであった。
 妙にマットが堅いような気がして気になったが、
 そこは頭を挟み込む加減で落とし方を調整してやることにする。
「よいしょ、っと」
 そうして美月が人生初のパイルドライバーを敢行しようとした時、
 非常にタイミング悪くターニャが息を吹き返した。
「うう……ま、負けないもんっ!!」
「うわ、ちょっ!?」
 強引にリバースしようとしたターニャに対し、
 美月は咄嗟に持ち上げかけていたターニャへ上から覆い被さるようにしがみ付く。
 そのままの姿勢で無理矢理立ち上がってしまったターニャは、
 自分の勢いと美月の重さにつられて後ろに転倒。
 結果、元のパイルドライバーの形で自分からマットに突き刺さることになった。
 

(うわあ……)
 もちろん手加減も何もあったものではなく、ターニャは完全に伸びてしまっている。
 とりあえず試合を終わらせようと美月が上から押さえると、
 何故かカウントを待たず即座にゴングが打ち鳴らされた。
「え?」
 ついで、レフェリーが美月に向かって何やら口早に言い捨て、
 さらに観客席から満場のブーイングが送られてきた。
(あれ?え?なんで?)
 何が起こっているのかわからず困惑する美月の様子を、
 これを仕組んだ当人だけが満足そうにバックステージから眺めていた。

by right-o | 2011-03-08 21:56 | 書き物