「パイルドライバー」
「はあ……お邪魔します」
飛行機の中で偶然出会ったジョーカーレディに連れられて、
美月は遠征先のAACの事務所で何やかやの手続きを済ませ、
滞在場所としてあてがわれたアパートメントの部屋にやってきた。
(部屋まで一緒とは)
水周りを除いて、日本風に言えば十畳そこそこの共有スペースは、
入り口から見て奥にベランダに出られる大きな窓、そして左右の壁際に一つずつベッドがあり、
その片方はジョーカーのものであった。
「さて、と」
荷物を置いてから何をするでもなくベッドに腰掛けた美月の前で、
ジョーカーは空港から手に提げていた日本の家電量販店の買い物袋を逆さまにし、
中身をすっかり床にばら撒いた。
「あ」
中に入っていたのは大量のDVDだったのだが、その中のパッケージの一つが、美月には見覚えがある。
美月の団体が出した、昨年の主要な試合をまとめて収録したものであった。
「ああコレ。確かお前の試合もいくつか入ってるぞ。
あと太平洋女子、東女、激闘龍にJWPと。うん、どれからいくかな?」
ジョーカーはPCを立ち上げつつ、いくつかのパッケージを見比べながら迷っている。
「今日はもうやることないだろうから、ちょっとその辺でも散歩してくればいいよ」
思い出したように美月へ声をかけ、またDVDの山に視線を戻した。
仕方なく部屋を出ようとしながら、美月はふと気になって尋ねる。
「そういえばこの辺り、治安とか……」
「女の一人歩きじゃ何されても文句言えないレベル」
ドアノブに手をかけたままで美月が固まった。
「ウソウソ、この辺の都会は安全だよ。あ、何か食べ物を適当に買ってきてくれると嬉しい」
「はーい……」
AACにおける先輩の言いつけを守るべく、美月は部屋を出て外に繰り出した。
(イメージと違うっていうか何ていうか)
事前の予想に反して大都会だったAACの本拠地の近くを散策しながら、
美月はもっと予想外だった新しいルームメイトのことを考えていた。
以前には日本で戦った……というかボコボコにされたこともあったのだが、
その時リング上で感じた雰囲気とは全く違う。
「それはほら、キャラ作ってるから」
空港に降り立ったあと、怪訝そうな表情を浮かべてついてくる美月へ、
ジョーカーはそんなことを言っていた。
(そういうものかな……)
結局、海外には色んなプロレスラーがいるものだ、という程度に理解しておくことにした。
「研究用とかですか?」
「いや趣味」
美月が買ってきた、映画館によく置いてあるソースをつけて食べるスナックをつまみながら、
ジョーカーは飽きもせずPCで再生したDVDを見続けている。
「ところでさあ」
「はい」
「試合で450°決めたことある?」
「あります」
「いつ?」
「最初にジュニアのベルト獲った時」
相羽VS内田の迷試合を見ながら聞いてきた質問に、美月は間をおかず答えた。
「それ失敗したよね。ノエル戦の」
が、あっさりバレた。
日本で買い込んで来たDVDの量から考えても、
どうやらジョーカーはかなり濃いプロレスマニアらしい。
「あれに限らず、無茶な飛び技は止めた方がいいと思う」
ジョーカーが再生を止めてこちらに向き直ってきた。
「いや、そう言われても……」
「決め手を欠く?」
美月は黙って小さなため息を吐いた。
「まあ、見ている方としてはああいう雑な、もとい思い切りのいい飛び技も魅力なんだけど、
この仕事を長く続けたいなら控えた方がいい。これは同業者としての意見」
またまた思いがけず、思いやりのこもった言葉だった。
「全く止めろとは言わない。ここぞ、って時に取っておけばいい」
「いや、でも」
「代わりになるような決め技があればいいんだろ。例えば……」
暫く、ジョーカーは宙を見ながら考えていた。
「パイルドライバーとか」
「……パイル?」
あまりにも意外な技名に、美月は眉間に皺を寄せる。
「いや私の腕力では」
「そうかな。別に相手を持ち上げる必要はないだろう」
確かに、相手の頭を太股で挟んだあと、持ち上げずタイツ等を掴んで尻餅をつくことで、
相手のをマットに突き刺す形のパイルドライバーもある。
小川ひかるあたりが時たま思い出したように使うのがちょっと怖い。
「それだと地味じゃないですか。やっぱりパイルドライバーっていうと八島さんみたいな……」
「キャラクターそのものが地味なクセに、よく言う」
八島や山本が使うのが全く正調のパイルドライバー。
ただしそこはヒールなので、場外マットを剥いでからそこに仕掛けるといった、
技の形とは別のアレンジが加わってきたりする。
「じゃあ、間を取って六角葉月のやつをパクれば」
「あとが怖いから嫌です」
六角のはまた特別で、頭を挟んだあとで両手を相手の股の間に通してクラッチし、
そのまま持ち上げて後ろに倒れこむことで、より力を加えた形でマットに突き刺すことができる。
「というか、小早川志保を見習えよ。あんなにあっさり上げるのに」
「いや、うん、あの人は勢いがあれば何でもできるから」
美月以下の身長ながら、
小早川は相手を持ち上げたあとで更にジャンプして相手を頭から突き刺す形を使う。
それが結構軽々と上げているように見えるから不思議であった。
「贅沢言うな。じゃあもう十六夜みたいなツームストーンにしろ」
「何でハードル上げてるんですか」
十六夜が使うツームストーンパイルドライバーは、
自分の正面に相手を逆さまにして抱え上げ、両膝をついて仕掛ける形。
ここから大の字になった相手の両手を組み、埋葬するようにして独特のフォールに入る。
「じゃあまた間を取って、霧島みたいな」
「それ私がやったら100%相手に怪我させますよ」
ツームストーンで抱え上げて通常のパイルドライバーのように尻餅をつくのが霧島レイラの使う形。
彼女自身はないが、実は過去に何人かの名レスラーに重傷を負わせた危険な形である。
「まあ、要は頭から落とせばいいんだよ。決め技なんてのはさ」
親指を下に向けながらそんなことを言うジョーカーを見て、
やっぱりジョーカーレディのキャラは全部が全部つくりものでもないな、と美月は思った。