「スカルクラッシングフィナーレ」 杉浦美月VSジョーカーレディ

『I came to play!!』
 超満員のアリーナの、巨大なスクリーンを背負ったジョーカーレディは、
 登場するなり前髪をサッとかき上げてステージからうやうやしく一礼する。
 これから最高峰の王座に挑むというプレッシャーなど微塵も感じさせない足取りでランプを下った彼女は、
 青コーナーに背中を預けて続く王者の入場を待った。
 その顔には、さも楽しくて仕方がないという笑みが浮かんでいる。
『Get ready to fly!!』
 入場曲が切り替わると同時に、会場は一際大きな声援に包まれた。
 黒いフードを被った王者はランプの途中で眼鏡を投げ捨て、リングを前にして上着を取り去る。
 その腰に巻かれている黄金のベルトがちょっと大きく見えるのは、
 プロレスラーらしからぬその体格による。
 チャンピオン、杉浦美月は静かにロープを跨いだ。


 自信に満ちた笑みを浮かべる挑戦者と、全く表情の無い王者。
 向かい合った二人は、意外にもゴングと同時にお互い引き寄せられるように組み合った。
 どちらも腕力には欠けるタイプながら、体格に勝るジョーカーがじりじりと押して行き、ロープに詰める。
 レフェリーが割って入ったあと、いかにも何か仕掛けるぞという雰囲気を漂わせていたジョーカーが、
 予想に反しクリーンブレイク。
 しかしニヤニヤ笑いながら距離を取るかに見えたジョーカーに対し、美月はパンチ一閃。
 こちらも予想に反したラフな出だしで機先を制すと、素早く体を入れ替えてロープに詰め、
 反対側のロープへ振った。
 跳ね返ってくるジョーカーを一度目はリープフロッグで飛び越え、
 さらにそのままマットに身を横たえて二往復目に入ったジョーカーをやり過ごすと、
 正面から戻って来たジョーカーの顔面へ打点の高いドロップキック。
「はッ」
 が、これを読んでいたジョーカーは身体を横にずらすだけでこれを避け、
 すかさずマットに落ちた美月へ覆い被さってフォールへ。
「ちっ」
 美月はやる気の無いフォールを腕で押しのけて立とうとするが、
 ジョーカーがその足を刈って倒し再度フォール。
 上から落ちてきたジョーカーを転がって回避しつつ立ち上がった美月がアームドラッグ、
 即立ち上がったジョーカーも同じく素早いアームドラッグを返し、
 両者同時に立ち上がってドロップキックの相打ち。
「フッ……」
「……」
 ジョーカーが両手を鳴らして要求する間でも無く、
 会場からは一斉に拍手が送られていた。

 どちらも頭を使った試合巧者タイプの両者の試合は読み合い返し合いとなり、
 互いに一度見せたことのある技は容易に決まらない。
 戦況を優位にするためには、相手の意表を突く動きが必要であった。
「ッ……!?」
 サミングから踵で思い切り足を踏みつけ、
 腹部へモーションの小さいトラースキック、と流れるように決めて見せたジョーカーが、
 一気の攻勢に出ようとしていた。
 ラフ攻撃にも長けたジョーカーの方が攻撃の引き出しは多いようである。
「これは痛いぞ!」
 言うなり屈んでいた美月の側頭部を膝頭で蹴り飛ばし、蹴られた勢いでぐるりと後ろを向いたところへ、
 さらに首に腕を回してマットに叩きつけるネックブリーカードロップ。
 ジョーカーはすぐにフォールへ行ったが、これはカウント2。
「おいおい、カウントが遅いんじゃないか?」
 レフェリーに悪態を吐く余裕を見せたジョーカーが振り返った瞬間、
 突然美月の下半身のみが別の生き物のように跳ね上がり、ジョーカーの首を両足で挟み込んだ。
「どこを見てるっ!」
 そのまま今度は上半身を動かしてジョーカーを振り回し、変形のヘッドシザースホイップ。
 すぐにジョーカーを引き起こした美月は、
 意外にもアルゼンチンバックブリーカーのように背中の上へ担ぎ上げた。
 滅多に見せない力技だが、仕掛ける相手はジョーカーぐらいが限界だろう。
「……ぃぃやッ!」
 仰向けに担いだジョーカーの頭を前に押し出しつつ、自分は開脚して尻餅をつく。
 変形のシットダウンパワーボムが豪快に決まった。
 フォールには行かず、すぐに立ち上がった美月はトップロープを飛び越えてエプロンに着地。
 リング内を向いて再度飛び上がり、両足でしっかりとトップロープを捉える。
 そしてぐったりと横たわるジョーカー目掛け、スワンダイブ式の450°スプラッシュ。
 が、ダウンしていたはずのターゲットはこちら側に転がることでこれを回避。
 避けられることを想定していた美月は、やや多めに回転して足から着地し、
 勢いのまま身体を捻りつつ前転することで振り返りながら立ち上がった。
 すかさず距離を詰めたジョーカーがトーキックからロープに押し込んで反対側に飛ばすと、
 ロープに振られながら、美月は背後の気配と足音を瞬時に伺った。
 追いかけて来ている。
 そう確信した美月は、振られた側のセカンドロープに右足をかけた。
「ふんっ」
 一気に踏み切って宙返り。
 そして背後に追ってきているジョーカーの首を空中で――
(しまった……!)
 捉えるはずのジョーカーの頭部は、予想よりも二歩後ろで笑っていた。
 ロープを使ってリング内に宙返りしつつ相手の首を捕まえてリバースDDT。
 美月の定番ムーブと化していたこの動きは、完全に見切られていた。
 それと気取られないように途中までは本気で追いかけるフリをして、最後の二歩を踏ん張って殺したのだ。
 ジョーカーの方もなかなか手が込んでいる。
「もらった!」
 ジョーカーは、自分の前に背中を向けて着地した美月へすかさず手の伸ばす。
 両手を左右の脇の下から滑り込ませ、フルネルソンの体勢。
「くっ!」
 そこから一気に背中側へ反り上げて勢いをつける。
 何をされるかわかった美月は、せいぜい覚悟を決めることしかできなかった。
 ジョーカーは背後から半身を出して美月の足を刈りつつ、自分ごと前に倒れ込む。
 美月は両手の自由を奪われたまま、二人分の体重を乗せた頭からマットに突っ込んだ。


「……ふぇっ!?」
 目の前に出しっ放しにしていた機内食を置く台に額をぶつけ、
 美月は物凄く間の抜けた悲鳴を上げた。
「……ん?ん??」
 赤くなった額を押さえながら周囲を見回すと、リングも無ければ相手もいない。
 寝ぼけたままで小さなブラインドを上げかけて、途中で眩しくなって止めた。
 雲の上は当たり前に晴れ渡っており、あと数時間たてばあれがそのまま初日の出になるかと思うと、
 風情も何もあったものではない。
 大晦日のこの日、美月は一日の大半を空の上で過ごしていた。
 「見捨てないでー」と足にまとわりつく相羽を蹴り倒し、
 相変わらずきょとんとしているノエルに別れを告げて、美月は一人海外遠征に出たのであった。
 それで予想以上に暇な国際線フライトに辟易していたところ、いつの間にかうたた寝していたらしい。
「はあ……」
 なんとなく、美月はお腹のあたりを撫で回した。
 そこに、夢の中で巻いていたベルトの感触が残っているような気がした。
 ついそんなことをしてしまうほど、妙にリアルな夢であった。
 あのあと自分は負けてしまったのだろうか、なんてふと考え始めた時、
「あの」
 と、声をかけられた。
「杉浦美月さん?」
「は……、そうですが……」
 隣の席に座っていた声の主、赤毛の外国人の顔には見覚えがあるような気がした。
 夢の中と違って嫌味の無い、親しみやすい絵顔を向けているし、
 何よりフェイスペイントはしていないけれども、この顔は……
「何か?」
「あ、いえ」
 つい相手の顔にまじまじと見入っていた美月は、
 この顔が今度お世話になる団体の資料にも載っていたことを思い出した。

[PR]
by right-o | 2010-12-31 14:44 | 書き物