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「石見銀山」 ラッキー内田VS杉浦美月

 中堅王座戦。
 先日相羽が惨めな敗北を晒すことになった相手に、今度は美月が挑戦することになった。
 その相手とはラッキー内田。
 ノエル戦前に思い詰めていた美月を宥めすかして立ち直らせたこともあり、
 美月にとっては師匠とも言えるような相手であった。


 内田はゴングと同時に両拳を上げ、アップライトに構えて前進してきた。
 ニヤニヤしながら圧力をかけ、挨拶代わりのローキック。
(……イヤな奴)
 打撃は今もって美月の苦手とするところである。
 というか、これまで本格的な打撃を使う相手と当たる機会が無かった。
 挑発的に放たれた蹴りをやや下がって回避した瞬間、
 蹴り足を戻すと同時に身を屈めた内田が凄い勢いで突っ込んでくる。
(タックル!)
 そのまま前から押し倒すかに見せておいて、内田は美月の横をすり抜けて背後に回った。
「ほーらっ、と」
 バックを取って一回り小さな美月を一息に持ち上げ、持ったまま共々に正面へ倒れこむ。
 うつ伏せにした美月の背中で自分の身体を半回転させ、内田は悠々と"がぶり"の姿勢を奪った。
 が、美月はフロントスリーパーに移行すべく首に回ってきた内田の右手首を掴んで、
 自分の身体を回してこれを捻り上げながら内田の下から脱出。
 逆に内田の上になると同時に捻った右手をその背中に固定する。
「ちっ……」
 地面に這いつくばった先輩の頭に膝でも落としてやりたかったが、あえて美月は何をせずに離れた。
 眉間に思いっきり縦皺を刻んで立ち上がった内田を見て、美月はちょっと気分がよかった。


 とはいえ、美月が内田に対抗できるのは密着しての技術だけ。
 その他、身体的な優劣は言わずもがな、投極パ打飛どれをとっても内田を上回っている要素は無い。
 それでも美月は勝負を捨てなかった。
 どれだけ地力に差があろうと、たかが相手の肩を三秒間マットにつければいいだけのこと。
 勝負はやってみなければわからない――というのは、美月が内田から学んだことでもある。

 10分過ぎ、中盤以降は徹底してグラウンドに付き合わない方針を採った内田は、
 大人気なく美月を投げたり叩いたりと好き放題にしていた。
「ほらほら、ほらっ!」
 左右掌底から右ローキックのコンビネーション、と見せ掛けて、
 繰り出した右足を軸にして左の後ろ回し蹴り。
 普段の内田ならやらないはずの無茶な攻撃だが、内田は完全に美月を舐めきっていた。
 そして、そこが美月の付け入る隙である。
 バカのような大振りをしゃがんでやり過ごすと、すかさず右足を精一杯振り上げ、
 見よう見まねのハイキック。
「ッ……!?」
 初めてにしては綺麗な軌道を描いた美月のつま先が、不意を突かれた内田の顎をかすめる。
 咄嗟に身を反らして避けた内田に対し、美月は振り切る直前で右足を一時停止。
 そして反撃しようと身体を戻した内田の側頭部を右の踵で蹴り飛ばした。
 流石の内田もたたらを踏んで後退し、
 足で往復ビンタするような形になった美月はそのまま右足を下ろして半身に構え、一呼吸。
「せッ!」
 会心のトラースキックが炸裂した。
 下から顎を蹴り上げられた内田は昏倒し、美月はすぐにロープ際へ。
 ひとっ飛びにエプロンへ出て、リング内を向いてトップロープを掴み、今度はもっと深く息を吸い込んだ。
(今日こそ決めて見せる!)
 トップロープに飛び乗って両膝を畳み、両手は頭の後ろ。
 最大限ロープのたわみを利用して飛び立つと同時に両手と頭を思い切り前に振って一回転。
 スワンダイブ式の450°スプラッシュ。
 ノエル戦では回りきらずに背中から落ちてしまったが、この日は綺麗に飛ぶことができた。
 そして初めて試合で決まり……はしなかった。
「ごっふ」
 ここぞとばかりに膝を鋭角に立てて待ち構えていた内田に迎撃され、今回も未遂。
「あんまり調子に乗らないことね」
 膝がめりこんだ腹部を押さえて悶絶する美月を見下ろしながら、内田が顎をさすった。
「さ、どうしてやろうかしらっと……」
 暫く考えたあと、内田は美月を無理矢理引き起こしてブレーンバスターの体勢へ。
「よいしょっ」
 軽々と持ち上げてから、内田はその場で回転しつつ美月の首にかけた腕を緩めた。
 放り出された美月がうつ伏せに落下してくると同時に、内田はマットに背中をつけて身体を丸める。
「ぐふっ……!」
 美月は再度、膝剣山を受けさせられる形になった。


「後輩相手にエゲつない技で勝つなんて、大人げないと思いませんか?」
「あんな即興で考えた技で負ける方が悪い」
 控え室でもばっさりやられた美月は、ほんの少し口を尖らせてそっぽを向いてしまった。
「ま、これが一端の若手と王者レベルの差ね」
「王者と言っても中堅ベルト王者のですけどね」
 言った瞬間足を踏みにきた内田の足を寸前でかわし、美月は今度は体ごとそっぽを向いた。
(まだまだ中堅の壁は厚い、か?)
 ベルトのことはともかく、内田の実力は決して低くない。
 しかし、まだまだ上があることも事実であった。
 道は遥かに遠いようである。

by right-o | 2010-12-19 23:07 | 書き物