「決め台詞」
「ねぇ、決め台詞とか欲しくない?」
「……はぁ?」
いつも通り、美月は可哀そうなものを見る目で相羽を見た。
「いやだから、ボクたちも決め台詞……」
「はぁ?」
「決め……」
「はぁ?」
「……もういい」
炬燵机に突っ伏してふて寝に入った相羽の上で、美月とノエルが顔を見合わせる。
「……まあ、聞いてやるか……」
「ほらほら和希さん、どうしましたか?」
相変わらず二人からいいように遊ばれている相羽であった。
「で、決め台詞と。普段ロクにマイクも握らせてもらえない人が決め台詞と」
「う……。で、でもやっぱり、ここから上を目指すにはもっと人気が必要なんだよ!」
「だからって別に、中堅以上の人がみんな決め台詞を持っているわけではないと思いますが」
「だって中森さんまで最近言い始めたんだよ!?」
「中森さん“まで”って。まあわからなくもないですけど」
寡黙な中森の名フレーズは『私を否定してみろ』。
口で言うのではなくリング上の実力で自分を退けてみろ――という言葉が逆に定着してしまったのは、
ちょっと皮肉な話かもしれない。
「あとライラさんとか、鏡さんまで……人気が出だした人はみんな何か持ってるよ」
「だから別に決め台詞ができたから人気が出たわけじゃ……。それとその二人は台詞長すぎです」
あのキャラのままベビーフェイスとして大ブレイクを遂げたライラは、
『だからそこンところが重要なんだよ、何せこのあたしがそう言ってるんだからなァ!』という、
マイクアピールを締める際の長いフレーズがそのまま定着してしまった。
そんなライラと泥沼の抗争を繰り広げるフレイア鏡もまた、長い長い演説のあと、
『この私こそゲームの主役、そして最高の女ですわ』というこれも長い台詞で締める。
「その手の格好つけた台詞より、
最近はむしろ来島さんや小早川さんの馬鹿馬鹿しさがウケると思うんですけど」
「ああ、アレは応用が利いて便利だよねぇ」
口下手な方と思われがちな来島だが、意外なことに自力で定番のフレーズを開発した。
それはまず、例えば『次の王座戦、勝つのはこのオレだぜ!』と観客に振る。
対して観客が『『なんで~?』』と返してきたところで、
『なんでかって?それは……鍛えてるからだー!!』で強引に締めるというもの。
このパターンは色んな場面で応用が利いて使い勝手がいい反面、
本人の意図しないところで『なんで~?』と言われてしまう欠点を伴う。
ある意味業界一のマイクと言われる小早川は、色々言いたい放題言ったあと、
『あたしを誰だと思ってるの!?あたし、志保だよッ!!?』という来島以上に強引なフレーズで締める。
全く意味はわからないが、ここまで言い切られてしまうと何か納得してしまう。
「ところで、そろそろヒロインコンビの決め台詞が変わる時期では?」
「それが新シリーズの台詞は使いづらいから未定なんだってさ」
藤原和美&橘みずき組の決め台詞は、ある一定の周期で切り替わる。
最近までは『さあ、お前の罪を数えろ!』だったが……
「でもやはり、和希さんが見習うべきは武藤さんだと思いますが」
「いやいやいやいや!そこまでのレベルじゃないから!!」
武藤めぐみの場合、試合での天才ぶりとは対照的に、喋るのは非常に苦手である。
そもそも本人に喋る気が無いのか、無気力な棒読み口調で噛みまくっていたのだが、
ある時それを逆手に取って、おもむろにカンペを取り出して堂々と棒読みし始めるようになり、
いつの間にかそのままスタイルとして定着してしまった。
一度など他団体に乗り込んで喧嘩を売る時にまでカンペを読み始め、
かなりシュールな絵面を現出させたこともある。
「まあ、何にせよガラじゃないですよ。地味に生きてください」
「……絶対、噛む……」
「噛まないっ!あと地味って言うな!!」
結局不貞寝に戻ってしまった相羽を見て、美月はやれやれといった感じで嘆息する。
とはいえ、美月も相羽もそろそろ人気というものを気にしなければならなくなったという意味では、
ちょっとだけ自分たちの成長の実感が無いでもなかった。