『エンジェルカップ』最終日第六試合 ジョーカー&真帆VSマッキー上戸&ラッキー内田 前編

「余計なことを考えてるんじゃないですか?」
 珍しく、試合前の控室で寝ずにいるジョーカーに、自分の試合を終えて帰ってきた小川が話しかけた。
「ん?」
「勝つことだけを考えろ、と初日に言われた気がするんですけど」
「……状況が違う」
 ジョーカーは座って爪を噛みながら、含みのある微笑を浮かべる小川に返す。
「勝ったところでこちらに優勝の目は無い。相手の足を引っ張るだけだ。
 そしてどっかの誰かがコロッと負けたもんだから、これがウチとしては最後の試合。
 ……どうしたもんかねえ」
「なぁんだ。要するに、好き勝手できるってことじゃないですか」
「……ああ?」
 爪を噛んでいた口が止まった。
「ふん、そうか。勝っても仕方が無いってことは、勝つ必要も無いってことか」
 首を振って立ち上がったジョーカーに合わせ、こちらはいつも通り丸くなっていた真帆も跳ね起きる。
「お前、たまにはイイことを言うな」
「勝者の余裕、ですね」
 したり顔で言い切った小川の頬を、ジョーカーと真帆は左右から抓り上げた。


 八千人超の観客の中でも、二人はあくまでふてぶてしい表情を通した。
 時折真帆やジョーカーを呼ぶ声がするのは、あのいつもの会場から応援に来てくれたファンか、
 それともこの大会が始まってから増えたファンだろうか。
(どちらにしても、期待には応えるさ!)
 もはや優勝は無いとわかった自分達を応援してくれるファンへの決意を新たに、
 ジョーカーと真帆は二人揃ってトップロープを飛び越えた。

 先に入場しているラッキー内田とマッキー上戸のタッグには、まだ優勝の可能性がある。
 というか、勝てば永原&越後と同点で並ぶ。
 ちなみにジョーカー組が勝っても同点だが、直接対決で負けている分で優勝は無い。
 内田&上戸は永原組に引き分けているため完全に横並びということになるのだが、
 その場合どういう扱いになるのかはわからない。
 さて、そんな内田と上戸にも、大舞台で緊張しているような様子は伺えない。
 青コーナーを挟んで静かに佇む内田と、遠目にも熱を発散している上戸。
 対照的な二人が、不思議なことに立っているだけで呼吸が合っているように見えた。
(ふん)
 楽な相手でないことはわかっていたが、そうでなくては張り合いもない。
 ジョーカーも真帆も、自然唇の端から犬歯をのぞかせていた。
 好き勝手に暴れてやる。
 言葉にするまでも無く意思は通じたが、それだけでは通じきらない部分を、
 ジョーカーは小さく目くばせすることで補った。

 越後・永原戦に引き続き、再度ゴング前の奇襲。
 先発を譲った内田がコーナーに控えるため背中を見せた瞬間を狙う。
「てめ……うおっ!?」
 一直線に内田の背中へ殴りかかろうとするジョーカーに上戸の視線が逸れたところへ、
 不意を突く形で真帆が刺さった。
 スピアーで倒した上戸をリング下へ転がし、真帆とジョーカーは内田を捕獲。
 両側からトーキックを打ち込んでロープへ飛ばすと、
 跳ね返ってきた内田の左右の足をそれぞれで抱えて持ち上げ、背後に倒れる。
「つっ……!」
 無理矢理に急上昇急降下させられた内田は、体の前面からマットに叩きつけられた。
「「いくぞッ!!」」
 二人同時にヘッドスプリングで立ち上がると、内田の左右に分かれてロープへ走り、
 起き上がろうとして浮いた内田の頭を挟み込むように、滑り込んでの低空ドロップキック。
「空を飛ばせてやるぞっ!」
 ふらつく内田を強引に引き起こし、真帆は一息で右肩へ仰向けに担ぎ上げた。
「ちょ……っ!?」
 場外で立ち直った上戸に向かい、真帆はリング内から内田を投がい。
 ジョーカーが「国境越え」と名付けた、投げっ放しのフォクシードライバーである。
 そして上戸が見事に相方を受け止めた時、ジョーカーと真帆は反対側のロープに背中を預けていた。
 二人同時にロープの間をすり抜け、真帆は一直線に上戸へ、ジョーカーは背中を丸めて内田へぶち当たった。
 トペ・スイシーダとトペ・コンヒーロの編隊飛行。
「大したことないぞ!」
「お前らに優勝はさせられないな!!」
 好き勝手を言いつつ、二人は上戸を引き摺ってリングへ戻す。
 まずは完全に先手を奪った。
 ここで一旦真帆が下がり、ジョーカーは上戸をニュートラルコーナーに座り込ませ、その顔面を靴で擦る。
「ほら、どうしたッ!?」
 足で上戸の顔を何度も擦り上げてから、反対側のロープ、つまり青コーナーへ飛ぶ。
 コーナーに戻って来た内田を肘で場外に押し戻しつつ反動を受け、助走をつけての顔面ウォッシュ。
 と同時に赤コーナーからエプロンを走り込んだ真帆が、
 ロープの外から両足を差し込んでドロップキックを合わせた。
「何しやがんだてめぇ!!」
 ここで上戸は真帆の方に突っ掛かって行く。
 不意打ちのスピアーから溜まっていたものがあったのだろうか。
 てっきり自分の方にくるものと思っていたジョーカーは拍子抜けしたが、
 そういうことなら、と、背中を見せた上戸を放ってコーナーに戻り、真帆にタッチ。
 が、相手のコーナーからも声がかかった。
「上戸、交代を!」
 パートナーの気性とダメージを考慮した内田が手を伸ばし、上戸はそれに従った。
 かなり気が強いと思われた上戸が大人しく引いたのは意外である。
 ここまでに上戸と内田が築いた信頼の現れか。
(しかし、それじゃあ面白く無いな!)
 真っ直ぐ向かって行った内田は、同じく飛び出した真帆が振り回した右手を屈んですり抜ける。
 そのままロープの反動を受けようとした時、その背中をジョーカーが蹴った。
「ぐっ」
 またも不意を突かれた内田へ、真帆が意外にもカニ挟みという小技。
 同時にジョーカーはトップロープを飛び越えて走りだし
 抗議の声を上げる上戸をよそに反対側のロープへ。
 そしてうつ伏せに倒された内田の顎を前から両手で掬うように掴むと、
 マットを蹴って前方に回転し、内田を跨ぐように両足を開いて着地。
 足を極めないまま鎌固めを仕掛けた形になり、内田の顔を前向きに固定。
 そこをジョーカーと同じ軌道でロープへ走った真帆が、無防備な顔面へ両足を叩きつける。
 するとすぐにジョーカーは腕を解いて立ち上がり、代わりに真帆が内田に跨った。
 キャメルクラッチで内田の頭を持ち上げ、今度はジョーカーが顔面ドロップキック。
「いい加減にしろ!!」
「ほらアイツ入ってこようとしてるぞ。止めろ止めろ」
 堪りかねた上戸がリングインしようとしたが、これを巧みにレフェリーを使って阻止させる間、
 更にジョーカーたちは二人掛かりでの攻撃を続ける。
「回せ!」
 真帆が内田の両足を持ってジャイアントスイングを仕掛け、
 回っている内田の側頭部へドロップキック。
 ここでようやくジョーカーが下がったが、真帆は内田を赤コーナーの前にボディスラムで叩きつけ、タッチ。
「よっ」
 ロープを飛び越しつつ内田を背中で潰して着地したジョーカーは、内田の髪を持って強引に引き起こした。
 なすがままの内田の体には、全く力が入っていない。
(なんだ、本当にこれで終わりか?)
 疑問に思いつつも、ふらふらの内田をリング中央に置いて張り手を一発食らわし、
 ジャンピングネックブリーカーか人工衛星ヘッドシザースを狙ってロープへ。
 跳ね返って内田へ襲い掛かろうと距離を詰めた瞬間から、
 ジョーカーはスローモーションを見ているような感覚にかられた。
 内田は左から右へ腰を切り、両足をマットから放してその場で回転。
 内田の右足が、青い放物線の軌跡をゆっくりと描いていく。
 マズイ、と必死で体を止めようとしても、もう止まらない。
 青い軌跡を引いた踵が、完璧なタイミングでジョーカーの額を打ち抜いた。
「よしっ!!」
 フライングニールキックをカウンターで決めた内田は、
 コーナーから必死で手を伸ばす上戸に向かって這い進む。
「ぐ……っ」
 昏倒したジョーカーは、真帆がエプロンをバンバン叩く音で、
 切れかけていた意識をかろうじて繋ぎ止めた。

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by right-o | 2010-09-06 00:52 | 書き物