『エンジェルカップ』十二日目 第五試合 フレイア鏡VSディアナ・ライアル

「惜しいな」
「う~ん……そうですね」
 モニター越しにリングを見ているジョーカーと小川は、
 ディアナの足に巻かれたテーピングを見て思わずそう呟いた。
「怪我さえ無ければこのディアナにも期待できたんだが……」
 ライラの狂気も、朝比奈や楠木のパワーも押しのけた鏡に対抗できる存在として、
 ディアナはかなり有力だった。
「しかし、あの足では……」
「ああ、それにあのテーピングはまずい。痛めつけてくれと言ってるようなもんだ」
 他人の試合を見ない鏡はディアナの状態を知らない。
 いずれは分かることとしても、あえて何もつけないことで序盤を凌げる可能性はあった。


「あら」
 そしてリングの上、怪我を負ったディアナに向けられた視線は、
 金井を最初に見た時よりも無遠慮だった。
 テーピングでガチガチに固められた左足を見た鏡は、内心で大きく舌舐めずりする。
 それでもなるべく足から視線を外し、
 素知らぬ顔で正面から両手で組み合う姿勢を見せつつ間合いを詰めると、
 互いの指が触れるか触れないかという瞬間、ディアナの左足目掛けて低いタックル。
「ッ……!?」
「ふふっ」
 ディアナは体を引いてこれを避け、鏡はマットに両手をついて薄く笑う。
 ついに本当に舌を出して唇を舐めた鏡に対し、ディアナの表情は一層厳しくなった。
「見ろ、あの外道の嬉しそうなこと」
 女神の微笑を一皮剥けば、その下に悪魔の笑みを浮かべているのが鏡である。
 コイツが唖然とする表情を見ることは、ついにできないのか。
 最後の砦であるディアナをも突破しようとしている鏡の姿に、ジョーカーは小さく舌打ちした。

 とはいえ、ディアナは怪我を感じさせない動きを見せる。
 ショルダースルーを狙った鏡の背中に自分の背中を合わせて背後に着地し、
 鏡が振り向く間にロープの反動をつけて絡みつき、
 鏡の周囲を高速で二周して投げ捨てるヘッドシザースホイップ。
 串刺し式の技を狙った鏡にコーナーへ振られたところで、
 一足でコーナー上に飛び上がって宙返り、背後から向かって来る鏡に向けてのムーンサルトアタック。
「まだまだこれからでス!」
 非凡な身体能力を披露するディアナは、このまま押し切りそうな勢いを見せる。
 しかし、鏡のラリアットをくぐり抜け、
 両者背中合わせの状態から振り向きながらローリングソバットを放った時、
 蹴った左足がそのまま鏡の腕に捕まった。
「クッ!」
 間髪入れず、ディアナは右足で踏み切っての延髄斬り。
 鏡はディアナの左足を持ったまま頭を下げてこれをかわし、
 左足の膝から下を両足で挟みながら、仰向けになったディアナの上に乗ってSTF。
 ついにディアナが捕まった。
「ぐぅ……!」
 実はさほど足へのダメージの無いSTFだが、鏡は両足でディアナの足首を挟む形で極めつつ、
 顔面へのフェイスロックもがっちりと固定。
「ああああ……!!!」
 それでもディアナは諦めず、鏡を背中に乗せたままで少しずつロープへ這い進んで行く。
 満場のディアナコールに後押しされ、ディアナはどうにかロープへ辿り着いた。
 鏡はレフェリーに止められるまでもなく、自分からSTFを解いてディアナから離れたが、
「あァッ……!!」
 ロープを支えに立ち上がろうとしたディアナの背後から、左の足首目掛けてのローキック。
 足を払われたディアナが再度立とうとしたところへ、さらに走り込んでもう一発。
「うふふふふふ……」
 目を細めて微笑みながら、鏡は倒れたディアナの左足首を踏みつけた。
 今度はレフェリーの制止も聞かず、踏みつけた足へ徐々に力を込めながらディアナの顔をのぞき込む。
「離れなサいッ!」
 嫌な汗をかきながら、ディアナは鏡をキッと睨みつけた。
 それがまた面白くて鏡は余計に力を込めたが、ここでレフェリーが強引に割って入って鏡を遠ざけた。
 その間にディアナはロープにもたれて立ち上がる。
 すかさずレフェリーを突き飛ばした鏡が足を払いに来たところで、
 ディアナは右足一本で飛び上がってこれを避け、ロープを超えてエプロンに着地。
「お返シ!」
 ロープを挟んで正面にいる鏡の髪を掴み、そのまま背後の場外に飛び降りた。
「かはっ」
 鏡は喉をロープで強打。
 普段、散々他人にやっている技を自分が受けることになった。
「いきまスッ!!」
 リング中央まで後退した鏡に向け、ディアナは自分の左足を叩いて気合を入れ、
 エプロンからトップロープに飛び乗った。
 反動をつけて踏み切り、鏡へ跳躍。
 起死回生のウルトラウラカンラナを狙ったが、鏡はこの逆転技を嗅ぎつけ、
 高く跳んだディアナの下をくぐってやり過ごす。
「あッ」
 着地と同時に大きく左に傾いたディアナの背後から両手を捕まえ、
 アンプリティアーで顔面からマットに叩きつけた。

 ○フレイア鏡 (10分22秒 アンプリティアー→体固め) ディアナ・ライアル


「これで、残る相手は一人だが……難しいだろうな」
 ジョーカーはため息をついてモニターを消した。
「あとはこれまで戦った相手の中から、決勝で当たる誰か……」
 鏡以外の決勝進出者については、いまだ不確定な部分が多すぎる。
 このまま独走を許してしまうのか――
 それでは面白くないだろう。
 他人事ながら、ジョーカーはそう思わずにいられなかった。

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by right-o | 2010-08-28 18:09 | 書き物