『エンジェルカップ』十一日目第四試合 中森あずみVSキューティー金井

 どうしたものか、とゴングを待つ中森は考えた。
 今夜リングで相対するのはキューティー金井。
 ここまで朝比奈と渡辺を破って二勝しているものの、
 負けたか分けた試合のことを考えると、強豪とは言い難い。
(要は負けた二人と同じ轍を踏まないことだ)
 追い詰められてからの爆発力には目を見張るものがある。
 しかし極端な話、それにさえ気をつけていればいいはずだ。
 だが中森の頭には、試合前ジョーカーにかけられた言葉が引っ掛かっていた。
「中森よ。相手のホームリングで休憩前の第四試合だ。
 このシチュエーションを汲んでやるのも仕事じゃないか?」
 半分からかわれているのだが、言わんとしていることはわからなくもない。


「えーいっ!!」
 ゴングと同時に金井が先制のドロップキック。
 中森は正面からこれを受け止め、仁王立ちで耐えて見せた。
 これに対して金井は二度、三度と連発するが、それでも中森は倒れない。
「う~……!!」
 金井は狙いを変えてロープへ走り、反動をつけてのショルダータックル。
 これも余裕で受けきった中森は、今度は自分からロープへ走る。
「ま、負けないもんっ!」
 一度マットに身を横たえてやり過ごし、もう一度跳ね返って来た中森に対し、
 金井はカウンターでドロップキックを決めた。
 ふらつきながらもまだ中森は倒れなかったが、
 金井はすかさずジャンピングネックブリーカードロップ。
 ついにダウンを奪った金井に会場がやんやの歓声をを送る中、
「一気に決めちゃうんだから!
 気合をつけた金井は中森を引き起こし、腰を落として高速ブレーンバスター……で投げられた。

 逆水平チョップを打ち返し、アキレス腱固めを極められたままでアキレス腱固めを極め返す。
 ヒップアタックはどうしようもなかったので、悪いとは思いながらミドルキックで撃ち落した。
(こんなものだろうか)
 とりあえず金井の攻撃を受け止めてからやり返すように心掛けてきたが、
 金井が何か成功させる度に客席が沸き、中森が反撃するとそれ以上に大きな落胆の声が上がる。
 なんだかんだで盛り上がっているのは、金井が愛されているからだろう。
(意外に根性はある)
 この大会で成長したのだろうか、金井はやり返されながらもよく食らいついてきた。
 そしてほぼ全ての技を出し尽くした金井が最後に頼るのは、
 彼女に二つの金星をもたらしたノーザンライトスープレックス。
(しかし、これをくらってやることはできないな)
 この技と金井への警戒と敬意から、中森は正面から組みついてきた金井に対し、
 わざと腰を浮かせて待った。
 そして持ち上げられた瞬間、自分からマットを蹴って投げられる。
「えっ?」
 あまりにも軽い手応えに違和感を覚えるのとほぼ同時に、
 金井の足に中森の腕が絡みついた。
 自分から投げられた中森は、仰向けから体を転がして起き上がり、
 金井を前に倒しつつ足首を取ってのアンクルロック。
「一気に……!」
 加減して健闘を演出してやろうかとも思ったが、思いとどまった。
 全力で足首をいびつな方向へ曲げられ、金井はほとんど反射的にタップアウト。
 仕事人は自分なりの流儀で仕事を終えて見せた。


 ○中森あずみ (5分56秒 アンクルロック) キューティー金井×

「え、あっ」
 試合後、自分に向かって深く頭を下げた中森へ慌てて礼を返した金井を残し、
 中森は先にリングを下りた。
(ようやく三勝か)
 残り一つを勝ったところで、果たして決勝に――などと、中森は考えない。
 最後の一戦、今のところ全勝のアレにたった一つ黒星をつけることさえできれば、
 中森にとってリーグ戦も何も関係は無い。
 それこそが中森の願いそのものなのだから。

[PR]
by right-o | 2010-08-26 20:39 | 書き物