『エンジェルカップ』九日目第三試合 小川ひかるVS真壁那月

(※ジュニアトーナメント準決勝戦)

「まさかロジユニが粘ろうとはな。あれさえ無ければ……って、
 アーネストリーはともかくアクシオンは持ってなかったから一緒か。
 まあ札幌はどうでもいいんだよ。その分新潟は取らせてもらったから。
 今回もソリタリーキングの頭が無いことぐらい……」
「う・る・さ・い」
 きょとんとしている真帆相手にべらべらと喋っていたジョーカーを、小川が遮る。
 小川には話の内容が全く不明だったが、パンパンになった財布を見れば何の自慢かは大体わかる。
「……あ、ハイ。これから試合だったよな。悪い」
 ジョーカーは素直に謝った。
「ふぅ」
 小川は初日の試合前と同じように、タオルを頭から被って控え室のイスに座り、
 これから始まる試合のことを考えていたのだが、結局考えはまとまらなかったようだ。
(相手に合わせても仕方が無い。いつもと同じことをするだけ)
 心を決めて立ち上がると、ドアを開ける前にジョーカーの方を振り向いた。
「今夜は、全部奢りでいいですよね?」
「……ふん、いいだろ。トーナメント制覇の前祝ということにしておいてやる」
 最後の緊張を振り払い、小川はリングへと向かって行った。


(エレガントというには今一つ何かが……あ)
 身長か、と、小川は自分のことを棚に上げ、目の前に立つ真壁那月を観察し終えた感想を持った。
 多分間違っても口には出さない方がいいのだろう。
「……?」
 じろじろ見られた真壁が訝しげな視線を返してきたが、
 これぐらい余裕がある方が自分らしい、と小川は自分に言い聞かせた。

 意外にも、まずは小川が先に打撃で勝負を仕掛ける。
 折り曲げた右肘を、下から真壁の顎目掛けて突き上げた。
 ヨーロピアンアッパーカット。
 この大会で初めて見せる、小川の主力打撃技である。
「やりましたわねっ」
 初めの内は張り手で応戦していた真壁の技が、打ち合いを続ける内に掌底に切り替わった。
「くっ……!」
 普段この手の本格的な打撃と無縁な小川は、それでも何とか怯まずに打ち返す。
 が、ここで真壁はまず機先を制さんとラッシュをかけた。
 左、右と素早い掌底のワンツーから前蹴り。
 掌底がまともに入ったと見せ掛けた小川は、距離を取るために放たれたこの蹴りで、
 後ろに倒れて尻餅をついた。
「受けなさいッ!」
 すかさず左足を踏み込んだ真壁に、小川は内心でほくそ笑みながら上体を後ろに倒し、
 正面からのサッカーボールキックをマットに寝ることで回避。
 すぐに空振りした真壁の足へ背後から腕を絡ませて後ろに倒し、スクールボーイで丸め込んだ。
「こんなことでっ!」
 1で跳ね返した真壁は、すぐに片足をついて立ち上がろうとする。
 そのまさに体を起こそうとしたところを小川は狙い撃った。
 両足で首を挟んで横向きに転がして逆さになった真壁の上に乗り、足まで掴んで固定。
 初戦と同じく、小川は月食での秒殺を狙っていたのだった。
 しかし、小川の体はカウント2の時点で勢いよく下から跳ね飛ばされてしまう。
「うっ!?」
「こんなもの利かな……」
 真壁が言うよりも早く、立って向かい合った姿勢から脇を潜り抜けて背後に回り、
 背中合わせから両脇を取っての逆さ押さえ込み。
 これもカウント2止まり……と見せ掛け、左肩を上げて返された勢いで横回転し、もう一度逆さ押さえ込み。
 が、これでも3つは入らない。
「そんなエレガントさの欠片も無い技で、私が倒せると思わないことですわ!」
 この時ばかりは、真壁の宣言がエレガントに(?)決まった。

 対する小川としては弱ってしまう。
 試合への集中力が凄いのか、はたまたどんな局面にでも対応できる柔軟性に優れるのか。
 もしかしたら、自分のやり方はとうに研究されていたのかも知れない――と、
 色んなことを考えながらも、小川は最終的に腹を括った。
(意表を突かなければ丸め込みは通じない。暫くは意識を逸らさなければ)
 決心するが早いか体が前に動いたところで、真壁は素早く小川の腕を取って巻き投げた。
 そうして尻餅をつかせたところへ、今度は背中へのサッカーボールキック。
「ッ……!!」
 呼吸が止まりそうな一撃だった。
(やってくれるっ!)
 これでさも痛そうに崩れ、あえて受身にまわりつつ試合のペースを落とす、
 なんてことができるようになるのが小川のスタイルの完成形だろうか。
 だが、まだ小川はそこまで老けきれていなかった。
 マットを叩いて立ち上がり、素早く真壁と向かい合う。
 その瞬間、小川は真壁に投げ飛ばされていた。
 中森の使うエクスプロイダーとほぼ同じだが、そのままブリッジしつつ相手の肩をつけてフォールへ。
「くぅっ!」
 ギリギリで肩を上げた小川は、立ち上がり際に真壁の脇へ頭を差し入れ、
 ノーザンライトスープレックスでお返し。
 これもあっさりと返された。
(こうなったら……!)
 ロープへ飛んだ小川に対し、真壁はやや前進することでタイミングをずらし、
 相手の勢いを利用したカウンターのスクラップバスター。
 すっかり守勢に回ってしまった小川は、なすがままに真壁から引き起こされた。
「エレガントに決めて見せますわ!」
 上から押さえつけて屈ませた小川の顔面へ、真壁の強烈なステップキック。
「!?」
 星が散った小川の視界に、後ろを向いた真壁の姿が映る。
 ステップキックで相手の頭を跳ね上げ、すかさずエレガントブローという流れ。
 これを見破った小川は、すかさず頭を下げて真壁の裏拳をやり過ごした……はずだった。
 しかし真壁はそのままもう一回転。
 二回転目に入ったエレガントブローの直撃を受け、小川は大の字になって倒れた。
 やや足元をふらつかせながらも、真壁はすぐに片エビで押さえ込む。
 カウント2.9で小川はなんとか敗北を拒否した。
「くっ、やはり完璧ではなかったようですわね……!」
 エレガントブローの連発は咄嗟の思いつきであり、
 一度目ほどの威力を乗せられなかったようである。
 とはいえ、小川は青息吐息。
 歯を食いしばってどうにか立ち上がった小川へ、真壁が三回転目を狙っていた。
(どうする……!?)
 頭の中では疑問を浮かべながら、それとは無関係に体が動いた。
 背中を向けた瞬間の真壁へ突進してそのままロープへ押し込む。
「なっ……!?」
「てぇえええええ!!」
 反動を受け、真壁の腰に組み付いたまま背後に放物線を描き、そのままブリッジ。
 バックドロップホールド。
 滅多に使うことの無いもう一つの必殺技で、小川は辛うじて真壁を退けた。
 

 ○小川ひかる (13分40秒 バックドロップホールド) 真壁那月

「ありがとうございました」
 そう言って差し出された小川の手を、真壁は握り返した。
 表情に悔しさは滲み出ているが、
 互いの健闘を称える行為を無視するのもエレガントではないのだろう。
「エレガントに……私も勝ちたかったんですけどね」
 リングを降りる前に、小川は腫れ始めた自分の頬を撫で、
 苦笑しながらひとりごちた。

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by right-o | 2010-08-22 22:50 | 書き物