『エンジェルカップ』八日目第六試合 フレイア鏡VSライラ神威 前編

『うーん、残念ですね……』
『まあ全勝とはいきませんでしたが、気を取り直してメインイベント……の前に、
 こちらの映像をご覧ください!』
 完全にメインの結果を予定している霧子の振りから、スクリーンに映像が流れ始める。
 それは初日で金井の入場を奇襲したことに始まり、楠木をイスで乱打し、
 中森を場外のイス盛りに叩きつけ、ディアナの首を絞めるライラ神威の様子だった。
 そしてゴングをディアナの足へ投げつけた瞬間、映像が白黒になり、
 足を押さえたディアナの絵に、低く加工されたライラの高笑いが響き渡る。
(あれっ?)
 小川が違和感を感じたように、この場面でライラは笑っていない。
 他から取った声を入れ込んだ、悪意ある編集である。
 とはいえ、ここまで悪いイメージの映像素材に事欠かないライラもライラだが。
 こうして情報の少ない観客に実際以上のヒール像を植え付け、
 あとは鏡がこれを退治すれば、霧子の描いたシナリオ通りということになる。

『……あの映像、必要無かったんじゃないですか?』
『確かにそうかも知れません……』
 それは実際にライラを見た二人の正直なところだった。
 悪い意味で、オーラが違う。
 血走った目を一杯に見開きながら周囲を睥睨するライラの姿は、瘴気を纏っているように禍々しい
 ライラと並んでライラ以上に悪人に見える人間などまず存在しているとは思えない。
 誰が見てもヒールという外見である。
 対していつも通りの曲と演出で登場した鏡は、いつも以上に余裕の表情でリングへと歩みを進める。
 死神を前にしてさえ、女神の微笑が曇ることはない……とでも言うか。
 その様子を見て、ライラの苛立ちは増したようである。
 鼻がぶつかりそうな距離で向かい合った両者の表情は、面白いほど対照的だった。
 今にも噛みつきそうな顔で目を血走らせるライラと、それを珍しい動物でも見るような目で眺める鏡。
 ここまで共に“無敗”の二人であった。

(これはやはり、面白そうだな……)
 モニター観戦では満足できず、ジョーカーはこっそり客席に紛れ込んでいた。
 これまでの相手と比べ、ライラは実力もそうだが何よりスタイルにおいて一閃を画す。
 コイツなら、あるいは。
 ジョーカーは期待に満ちた視線をリング上に注ぐのであった。


 そんなジョーカーの期待が、まずは見事に叶えられた。
 互いに向かい合った状態から、一度コーナーに下がろうと後ろを向いた鏡の肩にライラが手を掛け、
 無理矢理振り向かせてから渾身の右。
「っ……!?」
「ハッハー!!」
 腰が落ちたところへ更に拳を連打してロープへ押し込み、反対側へ振る。
 跳ね返ってきたところへ、ライラは正面から飛び掛かりながら全身を浴びせて押し倒し、
 マウントポジションから無防備な顔面へさらにパンチの連打。
「死ねェ!」
 立ち上がって垂直方向のロープへ走ると、両膝を折って体重をかけ、
 倒れ込むように鏡の額目掛けてエルボードロップ。
「くっ!」
 たまらず場外へ転がり出たが、そこはライラの庭。
「ヒャァハッハッハッハッハ!!」
 場外フェンスを背にした鏡へ思い切り右腕を叩きつけるラリアット。
 鏡は無様に客席へ頭から叩き落とされた

(動揺を隠してるのか、それとも……)
 試合前の映像で行われていたことのほとんどを実際にやられている鏡を見ながら、
 小川は隣に座る霧子の様子を伺っていた。
 その表情には特に変化もなく、実況も淡々と続けている。
「ククク、どうしたッ!そんなもんかよぉッ!!」
 ライラはカウントアウトを避けるために、途中で自分だけ半身をリングに入れては戻しつつ、
 場外戦で鏡を蹂躙し続ける。
 その攻めは徐々に過激になっていった。
 ついにはコーナーポストにもたれかかっている鏡へ、イスを思い切り叩きつけようとしたが。
 流石にこれは間一髪でかわされた。
「ッ……!?」
 金属製のイスから伝わる痺れで、ほんの少しライラの動きが止まった間に、
 鏡はリングに転がり込む。
 すぐに追って来たライラが、ロープにもたれる鏡へ突っ込んだ。
「……ふふっ」
 屈んでライラの下に潜り込み、その体を力一杯持ち上げる。
 これまでも多用してきたスタンガンで流れを変えにかかった。
 が、ロープに首を打ちつけたライラに対し、鏡は更に背後から飛び掛かり、
 その後頭部に右膝をあてがう。
『あれは……!?』
『首に対して、片膝で行うバッククラッカーとでも……!?』
 相手の背中に両膝を突き立てつつt背後に倒れることでダメージを与える、
 バッククラッカーという技がある。
 鏡はそれをライラの首に対して放った。
「がァッ……!?」
 たまらず仰向けになったライラの首を、鏡は踵で踏みつける。
「ふふっ、ふふふふふっ……」
 ライラの狂気に負けないものが、鏡の中に灯った。

 例によって対戦相手を事前に調べたりしない鏡は、
 初めて向かい合ったライラのことを何とも思っていなかった。
 しかし、場外で痛めつけられている間に見方を変えた。
 ここまで一方的に痛めつけられたのは初めてだったが、
 それ以上に、ここまで一方的に他人を痛めつけられる人間と出会ったのは、
 鏡自身という例外を除けば初めてである。
 その目には、慈悲とか謙虚さとか相手への敬意とか、
 攻撃を躊躇う要素がいささかも無い。
 自分が勝って当たり前、自分が相手を壊して当たり前という傲慢さが滲み出ている。
 そんなライラの性格を体感しながら鏡は、「コイツはどんな声で泣くだろう」と思った。
 例えば金井のような人間を痛めつけて楽しんできた鏡だが、
 ライラのような、自分が痛めつけられることを想像もしていないような人間が、
 折れて傷つき、膝を屈して哀願するとすれば、どんな言葉を吐くだろうか、と、
 鏡は痛めつけられながら愉快な想像をめぐらせ、ついにそれを実行に移した。

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by right-o | 2010-08-21 22:25 | 書き物