『エンジェルカップ』五日目第二試合 中森あずみVSライラ神威
「ん?」
真帆はバリバリ貪っていた薄い煎餅上のものを口から離した。
「……いや、なんでもないです」
「奈良は煎餅が安いのな」
まさかね、と思った小川に、ジョーカーがニヤリと笑った。
他人なら完全にイジメの類だが、やられている方が多分気にしないので、小川は放っておくことにした。
「ところで小川、今日までのところをどう見る?」
「どう、と言われても……。まあウチとしては順調なんじゃないですか?」
「一人を除いて、か?」
モニターの中で、場外のイス盛りへボディスラムで叩きつけられた中森を顎で示しながら、ジョーカーは言った。
「二勝二敗なら、まだまだ決勝進出の可能性はあります。それに今日の試合だってわかりません」
「そうかね。私の見るところ、相手の覆面は相当なものだと思うが」
「あずみだって強いぞ!」
アレの餌を食べ終わった真帆が口を挟む。
「そりゃ弱いとは言わんさ。ただ今回は特に相性が悪い。
あんな常識外れを自分のペースに引き込むことはできないだろう」
そういうやり取りをしている間にも、中森はイスで頭を殴打されている。
「でもあんなやり方じゃ、両リンの引き分けしか取れませんよ。どの道決勝には残れないんじゃないですか?」
「さあ、どうかな……」
ジョーカーには気になる点があった。
今でこそ場外乱闘が繰り広げられているが、これはライラから望んだ事態ではない。
たまたまロープを背負っていた中森へ突っ込んだライラを、中森がショルダースルーで跳ね上げたのだ。
ライラがトップロープを掴んでエプロンへ着地したところへ、珍しい中森のドロップキック。
これで場外に蹴り落としたライラを、中森が追って行った。
そして場外戦となれば数百日の長があるライラに蹂躙され、今に至る。
そうこうしている内に、場外カウントが17を数えられた。
両手を床について頭を垂れた中森を前に踵を返し、ライラはリングへ戻ろうとする。
しかし、その背後から中森が足を掴んで追いすがった。
『テメェ、放しやがれッ!!』
(……ん?)
中森を蹴って振り払おうとするライラと、それに抗って必死に離れまいとする中森。
モニターに映し出された光景に、ジョーカーは二つの違和感を覚えた。
結局、そのまま時間切れとなり両者リングアウト。
試合は引き分けで終わった。
「残念でしたね……」
「なに、中森は一点拾ったのさ」
自分から場外戦に行った意図はよくわからないが、普段の中森なら、ライラにすがるような執念は無かったはずだ。
ただし、普段のライラなら、そもそもあの場面でリングに戻ろうとはしなかったのではないか。
両リン上等でカウントに構わず大暴れし、試合を台無しにしたあと高笑いして場を去っただろう。
それを、中森を振り払ってリングに戻ろうとした。
「ふむふむ。これは」
「さっきから、何を考えているんです?」
「いや、なに」
いつもよりさらに人の悪そうな笑みを浮かべ、ジョーカーは小川にこう漏らした。
「誰がウチのお山の大将にほえ面かかせられるかと楽しみにしていたが、アイツはかなり期待が持てそうだ」
「……ふん」
これから試合に出て行こうとする本人がいる前で、ジョーカーはぬけぬけと言ってのけたのだった。
△中森あずみ (7分43秒 両者リングアウト) ライラ神威△