『エンジェルカップ』四日目第四試合 ジョーカーレディ&フォクシー真帆VS杉浦美月&近藤真琴 前編

「……よし」
 リング上の中森が機械的に右手を掲げて見せていた頃、
 ようやくジョーカーは真帆の腹から頭を持ち上げた。
「出番だぞ真帆。そろそろ起きろ」
 そう言って今まで頭を置いていた場所に平手を叩きつけると、
 真帆の寝息もようやく止まり、最後に大きな欠伸をしてから一気に跳ね起きた。
「おうっ、やるぞっ!」
「それで何か作戦でも?」
 小川の質問にジョーカーが答える。
「まあ、頭の方を狙うことだな」
 大会四日目にして初の出番を迎えたジョーカー達には、
 先に他の四組の試合を観戦できるアドバンテージがあった。
 加えて初戦の近藤&美月組はリーグ戦以外にも一試合こなしている。
 このことから、ジョーカーはこの試合における狙いをある一点に絞ることができた。


 いつも通りの入場からエプロンに上がったジョーカーと真帆は、
 二人同時にトップロープを飛び越えた。
 真帆はロープを掴んでひとっ飛び、ジョーカーはロープに触らず前傾しながら飛び越え、
 体を丸めて背中で着地しつつ転がった勢いで起きる。
 対戦相手と向かい合った二人に送られる声援はそれほど熱を帯びず、
 近藤&美月に向けられるのと大して変わらない。
 会場の立地からして比較的一見の客が多いのもあるが、
 固定客も内輪対外敵というシチュエーションを特別視していないのである。
 そういう意味では、会場の興味はむしろ初めて見る近藤と美月の方に集まっていた。

「先に行かせてもらうぞ」
 飛び出しかけた真帆を抑えてジョーカーが先発を買って出た。
 これに対するは近藤真琴。
 両者まずはにらみ合ったままリングの中央をぐるりと半周したところで、
 ジョーカーはいきなり近藤に背を向けた。
「ボーっとしてるんじゃない!」
 コーナーに控えていた美月を肘で場外に叩き落し、挑発する。
 この不意打ちに、美月は驚き、近藤は激高した。
「お前っ!」
 強烈なローキックがジョーカーの足を薙ぎ、
 倒されたジョーカーはたまらずサードロープをくぐってリングから転がり出たが、
 場外から近藤を見上げて睨むかと思えば、また方向転換して美月に飛び掛っていく。
「お前の相手は私だろ!」
 たまらず近藤が場外に下りると、ついでに真帆まで飛んできてすわ場外乱闘かという雰囲気になったが、
 ジョーカーは自分だけさっさとリングに上がってしまった。
「なんなんだよ……」
 そして戻って来た真帆とタッチしてコーナーに控える。
 真帆にもパートナーの意図はわからなかったが、別にわかろうとする気も無いので気にならない。

 真帆対近藤の段になって、ようやく試合は噛み合い始めた。
 エルボーの打ち合いからヘッドバットの打ち合いへ続き、これを制した真帆がロープへ飛んだところで、
 身を屈めた近藤がカウンターのバックフリップを決めて見せる。
「真琴さん、足を!」
「おうっ」
 立ち上がりかけたところで、近藤の足が鞭のようにしなった。
「痛っ」
 これほど本格的なローキックをくらった経験は真帆に無い。
 思わず怯んだところに2発、3発と続けざまに決まり、流石にジョーカーも身を乗り出した。
 しかし4度目は空を切り、近藤が蹴りつけるはずの真帆の足は自分の顔の高さにあった。
「とうっ」
 真帆はその場飛びのドロップキックで見事にカウンターを取ったが、
 足へのダメージからかすぐには立てずにいる。
 その間、近藤は不意を突かれながらも自軍コーナーに帰ることができた。
「逃がすな!」
「わかってます」
 ここで真帆を逃す手は無い。
 代わった美月は真帆の足を取ろうと試みたが、既に立ち上がりかけていた真帆の腕が降ってきた。
「くっ」
 やむなく足を放してローキックに切り替えたが、美月の脚力では近藤ほどのダメージは与えられない。
 ここで美月が走り込んでの低空ドロップキックでも狙ったか、ロープへ飛ぶ。
 ロープに体重を預けきった瞬間を狙い済ましたように、その背中をジョーカーが外から蹴りつけた。
「っ!?」
 驚く間もなく、今度は正面から真帆の両手に首根っこを掴まれ、美月は空中に放り出される。
 首を掴んでのフロントスープレックスで美月を退けた真帆は、
 さらにこれを引き起こし、ロープを隔てたジョーカーの前に乱暴なボディスラムで叩きつけ、タッチ。
「よっ」
 ジョーカーは入場時と同じ要領でエプロンからロープを飛び越えると、マットではなく美月の上に背中から着地。
 さらに引き起こしてニュートラルコーナーに振った。
「いくぞッ!」
 走り込んで両膝を突き出すようにしてジャンプし、コーナーを背にした美月に突き刺す。
 反動で前のめりになった美月をブレーンバスターの体勢に補足し、
 やや後ろに下がってコーナーと平行になるよう低く投げ捨てた。
「美月っ!」
 身を乗り出して右手を差し出す近藤を一瞥してからコーナーに飛び乗り、リングを向き直って立ち上がる。
「ほら、どうしたッ!?」
 完全に余裕をかましていたジョーカーは、先ほどエプロンから飛んだのと同じ要領でコーナーから飛んだ。
 ふわりと美しいフォームで肩と背中から着地したが、そこには既に誰も横たわってはいなかった。

[PR]
by right-o | 2010-08-14 19:03 | 書き物