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「月食」 小川ひかるVS栗浜亜魅

 大阪、某テーマパーク内にある常設会場。
 この日、優勝した者の願いが叶えられるというリーグ戦に向け、
 団体からの代表者を決めるための試合が組まれていた。


「この団体を代表するのに、あなたはふさわしくない!」
 入場を終えて黒いローブを脱ぎ捨てた栗浜は、六角形の対角線に立つ小川にこう言い放った。
(ええ、自覚してますとも)
 そんな本心をおくびにも出さず、そ知らぬ顔で聞き流す小川であった。

 栗浜が小川に飛び掛って試合がスタート。
 無理矢理ロープに詰めて反対側へ振ると、跳ね返ってきたところへのドロップキックで先制。
 さらに引き起こしてトーキックを入れ、今度は自分がロープへ飛んだ。
「よいしょ、っと!」
 これをショルダースルーで投げようとした小川の背後に難無く着地してみせ、
 そのままロープワークを続けて小川の振り向きざまへ人工衛星ヘッドシザース。
 投げ捨てられた小川はサードロープの下をくぐって場外に転がり出た。
 こう目まぐるしく攻め立てられては小川の方に分が悪い。
「私が出るんだ!」
 ここで一気に追撃しようと、栗浜がトップロープを飛び越える。
 エプロンに着地して場外の小川へケブラーダを狙ったのだろう。
 が、栗浜の両足でエプロンに着く直前、後ろにいた小川がこれを引っ張ってずらした。
 結果場外に着地してしまった栗浜は勢い余って顔面をエプロンに強打してしまう。
「そんなに急かさなくてもいいじゃない。ゆっくりやりましょう」
 最低限の動きで流れを引き寄せる小川の老獪さは、とても若手のものとは思われなかった。

 一度ペースを掴んでしまえば、これを小川から引き戻すのは難しい。
 まずは首投げで座り込ませた栗浜にスリーパーを極めると、
 髪を掴まれようがバックドロップで投げられようが涼しい顔をして放さない。
 やっとのことで引き離した栗浜からコーナーに振られれば、
 勢い任せに突っ込んできたところへ、ロープにもたれ掛かったままカウンターの延髄斬り。
「はい、はいっと」
 たたらを踏んで後退した栗浜の太股へ左足を引っ掛け、体を駆け上がるようにもう一度延髄斬り。
 さらに膝をついた栗浜へ、自分も膝をついた小川はそれを支点にその場で一回転して低空の延髄斬り。
 あっという間に追い込まれた栗浜は、執念でどうにか肩を上げた。
「頑張るわね……!」
 ここで小川はバックドロップの体勢へ。
 持ち上げようとしたところで栗浜は自分からマットを蹴り、小川の背後へ着地した。
「負けませんっ」
 鞭のようなハイキックで小川の後頭部を打った栗浜は、腰を落とした小川へ背後からのシャイニングウィザード。
 頭への打撃をやり返すと、力を振り絞って、ダウンした小川をコーナーへ後ろ向きに座らせた。
 無抵抗の小川の両足を組んで固定し、上体をコーナーから垂らす。
 相手を逆さ吊りにしておいて、栗浜は同じコーナーの上に飛び乗った。
 そして足元にある小川の膝頭を思いっきり踏みつける。
「いっ…!?」
 たまらず腹筋を使って上体を起こした時には、もう栗浜がコーナーから飛んでいる。
 宙吊りになっている相手の腹部へ、えげつないフットスタンプが決まった。
 同時に足が解けてマットに転がると、流石の小川も腹をおさえて悶絶する。
「さあ、おしまいです!」
 小川がどうにか立ち上がるため、まず片膝をつく。
 そこを栗浜が待ち構えていた。
 今度は正面からのシャイニングウィザード。 
 小川はすかさず反応して両手で顔面をカバーする。
 が、これを読んでいた栗浜は左足で膝を踏んだまま、右足で一旦小川を跳び越した。
 そして右足の踵で小川の後頭部を狙う。
 しかし、さらにこれを小川が読んでいた。
 まるで背中に目があるかのように絶妙なタイミングで頭を沈ませた小川は、
 ヒールキックをかわされてバランスを崩した栗浜の足に絡みつき、横入り式エビ固めで丸め込む。
「こ、このッ!!」
 ギリギリで返した栗浜が立ち上がりかけたところへ、いきなり正面から小川の両足が首を挟んだ。
 中腰の姿勢でフランケンシュタイナーを仕掛けた小川は、そのまま縦ではなく横に栗浜を転がして逆さにし、
 相手の頭の上に座りながらがっちり両足を押さえ込んでフォール。
 何がなんだかわからない内に鮮やかな3カウントを奪ってみせた。


「リーグ戦……あ、ジュニアはトーナメントでしたよね?
 とりあえず、それに勝ったら有給休暇をいただきます。よろしくお願いします」
 負けた栗浜とバックステージで見ていた霧子が呆然とする中、
 観客も何も置き去りしたアピールを残して小川は颯爽とリングを降りていった。
(最近忙しくて勉強する時間も取れませんしね)
 という小川の本心は、リングの上ではちょっと言いづらい。

by right-o | 2010-06-06 11:53 | 書き物