「スパイダージャーマン」 相羽和希VS永原ちづる
団体の中堅ベルト(アジアヘビー)を獲った直後、永原は宣言した。
その後、次々と相手のジャーマンを封印して自分のものにしてく姿に、
他のジャーマン使い達は恐怖したという。
いつしか永原は「ジャーマンに取り憑かれた女」と呼ばれて面白がられ……
もとい恐れられるようになっていった。
そんな永原と相羽の戦いは、両者いきなり中腰で見合った状態から始まった。
お互いが背後に回り込んでのジャーマン狙い。
この試合の意味を体現した姿勢と言える。
「……ふぅ」
しかし、王者永原はこの膠着状態からいきなり立ち上がり、無防備に近づいた。
そして困惑する相羽の頬へ張り手を一閃。
「な……っ!」
条件反射的に張り返した相羽の腕をかいくぐり、永原は易々と相羽のバックを取った。
このあたりの駆け引きは、流石にもう勢いだけの若手ではなく、
一端のチャンピオンの貫禄であった。
(しまった!)
と相羽は思ったが、ここから何をされるかは分かっている。
即座に重心を落とし、胴に回ろうとする相手の腕を阻止――しようとしたが、
永原の腕は予想に反して相羽の脇の下に輪を作っていた。
「うりゃッ!」
驚く間もなく宙を舞った相羽は、永原の背後へ、後頭部からではなく顔面から叩きつけられた。
クラッチの場所を高くしたことで、相手を後ろに一回転させたのだ。
通常の投げっぱなしジャーマンに備えていた相羽には、何が起こったのかわからない。
「痛ってて……」
相羽がマットに手をついてが立ち上がろうとする間にも、さらに永原が背後に迫る。
「まだまだ、これからだよ!」
ほとんどうつ伏せの状態から、相羽は綺麗な弧を描いて引っこ抜かれた。
試合はほぼ全体にわたって永原が攻める展開が続く。
めぐみの高速ジャーマンから大☆上戸ジャーマン、さらに通常のジャーマンからクラッチを離さず、
そのまま横に回転しつつ相手と一緒に立ち上がり、ほんの一瞬手を放す。
すかさず相羽が両腕を体にぴったり付けて掴まれまいとしたところで、
その両腕ごと掴んで理彩子のだるま式ジャーマン。
まだまだ手を放さずに立ち上がり、すかさず相羽の両手首を取って沢崎のクロスアーム式ジャーマン。
流れるように繰り出されるジャーマンの数々に、会場からは溜息が漏れた。
しかし、永原は爪先立ちの綺麗なブリッジをわざと崩す。
「最後は私のジャーマンで決めるよ!」
瀕死の相羽に背を向け、余裕の永原は客席に手拍子を求め始めた。
こうなると相羽は燃えざるをえない。
(何もしないまま負けたくない……!)
その一心で必死に立ち上がり、無防備な背中を晒す永原に組み付こうとする。
が、相羽の両腕は虚しく空を切って自分の肩を抱いた。
「甘いね!」
真下に座り込むことで相羽の腕をかわした永原は、仰向けになりながら相羽の両足を掴みつつ、
自分の両足を相羽の脇に引っ掛ける。
そのまま相羽を前のめりに倒し、マットに両肩をつけて完全に押さえ込んだ。
ジャーマンを仕掛けるだけでなく、返す方法についても永原は知り尽くしているのである。
ただ、これが相羽にとってささやかな反撃の糸口になった。
「うわわわッ!」
ジャーマン以外では負けられないとばかりにギリギリで肩を浮かせると、
逆さまになった姿勢から夢中で永原の背中に組み付いた。
「気合だぁッ!!」
相羽から力任せに放り投げられ、永原は体を「く」の字に曲げて後頭部で着地。
流石に動きを止めたところへ、相羽はさらに背後から永原を持ち上げる。
しかしジャーマンには行かず、永原をコーナーの上へ後ろ向きに座らせる形で設置した。
「いきますッ!!」
続いてコーナーに上り、相羽は永原の背中に抱きつく形で自分もコーナー上に座るそ。
そして外側に出した両足をセカンドロープに引っ掛け、思いっきり背中を反った。
(まさか……ッ!?)
「投げる」というより「落とす」と言った方が見た目には近いが、
コーナーの落差を利用したジャーマンが炸裂した。
(雪崩式のジャーマン……!!)
永原も含む誰もが、あり得ないと思っていた形だった。
天井を向いて放心している永原に対し、相羽はすぐにでも押さえ込みたかったが、
ロープに足を引っ掛けた宙吊り状態から抜け出すのに苦労している。
「よいしょ、っと……」
どうにかこうにか両足を抜いてコーナーから降りようとしかけた時、背後から悪寒が迫るのを感じた。
「そうか!どうして思いつかなかったんだろ!!」
「……えっ?」
投げられたダメージはどこへやら、仰向けから一瞬で立ち上がった永原は、
コーナー左右のロープへ駆け上がり、なんとそこを足場にして相羽を投げ切った。
文句無しの、雪崩式ジャーマンスープレックスだった。
「ありがとう!こんな投方、私一人じゃ思いつかなかったよ!!
この先ジャーマンが発展するためにはみんなの力が必要なんだって、私わかった!!」
ぶん投げられた直後の頭を思いっきり揺らされながら永原に抱きしめられ、
相羽はどんどん顔色が悪くなったいった。
「あ、ありがとう、ございます……」
かくして相羽の欠場一ヶ月を犠牲に、業界のジャーマンは守られたのだった。