「バルコニーダイブ」 マイティ祐希子VSオーガ朝比奈
超満員の観客たちはいつもと変わらぬ盛り上がりを見せていた。
反則無しのルールで争われる今夜のメインは、マイティ祐希子対オーガ朝比奈。
絶対的なベビーフェイスと暴走ヒールの戦いは、何ともわかりやすく噛み合う組み合わせだった。
「うおッ!?」
ゴングと同時の奇襲で始まったこの試合、意外なことに突っ掛けたのは祐希子の方だった。
トーキックを入れてロープへ押し込み、反対側へ飛ばす。
「はっ」
戻ってきた朝比奈をリープフロッグで飛び越えると、そのまま流れるようにマットへ身を横たえ、
ロープ間を二往復目に入った朝比奈に跨がせる。
さらにロープから戻って来たところへカウンターのフランケンシュタイナー。
足で投げ飛ばされた朝比奈は、サードロープの下をくぐってリング外へ転がり落ちた。
「ちっくしょ……!」
「まだまだぁッ!!」
場外で立ち上がりかけたところに合わせ、祐希子はさらに弾丸のような勢いのトペ・コンヒーロ。
助走をつけてリング内から飛んだ祐希子の背中が、再び朝比奈を押し倒した。
「よぉっし!どんどん行くよー!!!」
序盤から並に乗って攻めまくる祐希子だが、
その積極的な姿勢がこの試合を妙な方向に勢いづけてしまうのだった。
先手を取った祐希子は、相手のお株を奪うように場外戦を展開する。
時より手近な壁に頭を叩きつけつつ、朝比奈の髪を掴んで連行。
西側から売店の前を通って正面ロビーへ出て、三番入口から再び会場へ姿を現した。
「ほっ」
入口の階段を上りきったところで、朝比奈のどてっ腹にソバットを決めて動きを止め、自分は客席をかき分けて入口の上へ。
「いくぞー!!!」
周囲の観客と一緒に右腕を突き上げてアピールしたあと、祐希子は入口の上に立って背中を向けた。
その立っている足場は階段の手摺ほどしかない。
そこから入口の下に立つ朝比奈へ向け、祐希子は宙を舞った。
リングで放つ場合より距離を飛ぶことを重視した、やや低めのムーンサルトプレス。
祐希子による過剰なくらいのサービスに会場中が沸き、
遠くに座っていた観客が南側の祐希子の周囲へどんどん集まってくる。
こうして会場はいつもと違う盛り上がりを見せつつあった。
そして戦う側にもその熱が伝播していく。
「調子にのんなァッ!!」
一方的に圧倒したままで祐希子がリングに戻ろうとした時、ようやく朝比奈が息を吹き返した。
祐希子の手を振り払い、南側リングサイドのパイプイスへ手を伸ばす。
しかし祐希子の方がいち早くイスを手に取り、大きく後ろへ振りかぶった瞬間の無防備な朝比奈へ叩きつけた。
ひょっとして初めてかも知れないマイティ祐希子の凶器攻撃であったが、
「……あ?」
朝比奈は仁王立ちだった。
直後、イスはこうやって使うんだとばかり祐希子の脳天へ力一杯振り下ろす。
パイプイスの底を頭で抜かされた祐希子は、左右に揺れながらその場に崩れ落ちた。
「まだ終わりじゃねえ!これからだッ!!」
いつの間にか額に血を滲ませながら、朝比奈は使い物にならなくなったイスを投げ捨てて実況席に迫る。
マイクやら何やらを問答無用で弾き飛ばすと、折り畳み式のテーブルを持ち上げ、
ふらふらと立ち上がった祐希子目掛けて投げつけた。
これを頭でまともに受けた祐希子は再びノックアウトされてしまう。
「まだだ……!!」
そして朝比奈の方はどうやら変なスイッチが入ってしまったらしく、
テーブルをその場に設置すると、無抵抗の祐希子をその上に寝かせた。
さらにリングの下へ頭を突っ込んでガムテープを探し当てると、それを使って祐希子をぐるぐる巻きにしてテーブルへ固定。
「オラ!いくぞッ!!」
そう言うと、朝比奈は東側の通路から正面ロビーへ消える。
そして階段を駆け上がり、なんと東側のバルコニーに姿を現した。
身を乗り出して下を見れば、そこにはガムテープで固定された祐希子が必死にもがいている。
(……やめときゃよかったかな)
下から見るとそうでもないが、上ってみれば意外に高い。
大体3m強ぐらいだろうか。
が、朝比奈は傍にかかっていた祐希子の横断幕を引き裂いて気合を入れ直し、
それでも流石にゆっくりとバルコニーの手摺に立った。
会場中がまさかの光景にどよめく中、朝比奈は、そこから飛ぶというよりも前に向かって倒れ込んだ。
祐希子と交差する形で落下した朝比奈の衝撃は、祐希子の寝ていたテーブルを真っ二つにへし折る。
(大丈夫……か)
あの朝比奈でさえ、この時は自分の身と同じぐらい相手の心配をしてしまった。
特に怪我も無さそうだとわかると、朝比奈は祐希子をリングに投げ入れてさっさと勝負を決めに行く。
ロープへ飛ばし、跳ね返ってきた祐希子をスクラップバスターの体勢に受け止め、
走って来た祐希子の勢いも利用しながらその場で一回転して変形のスパインバスターを決めてみせた。
が、かなり際どいところで祐希子が肩を上げる。
「あァ!?」
微妙な判定だがこれをカウント2で止めたレフェリーへ、すかさず朝比奈がくってかかった。
結局ここが勝負を分けることになる。
あまりに惜しかったため本気で抗議してしまった朝比奈の背後へ、祐希子が忍び寄る。
飛び掛かった朝比奈の背中で両膝を揃え、そのまま肩を掴んで背後に倒れ込む。
「がっ……!?」
祐希子の膝頭が背中にめり込み、朝比奈は一瞬息が止まった。
それでも祐希子はフォールへ行かず、最後の力を振り絞ってコーナーへ上る。
最後は正調のムーンサルトが綺麗な弧を描いた。
試合後、共に起き上がれない両者はリングに横たわったままで視線を交わす。
(悪ノリしやがって……)
どちらもこの無茶苦茶な試合を相手のせいにして、非難を込めた目で見つめうのだった。