「ダイビング系」
「…………」
ベッドに横たわる美月の目尻から、一筋の涙がこぼれた。
(私には才能が無い)
その言葉を何度も頭の中で反復しながら、美月は静かに泣いていた。
プロレスラーになって一年と少し。
特に周囲から期待されていなかった美月は、それでも練習すれば強くなると信じて頑張ってきた。
が、先日のノエル対綾の戦いを見てから、美月は信じられなくなった。
美月よりも小さな二人は、美月よりもずっと力強く素早くて、才能に溢れているように見えた。
自分なんかとは持っているものが全然違う……
ああいう人間が一流になるのか……
あの試合を思い出すたびに、美月はひたすら惨めな気持ちに襲われる。
「ああっ!もう!!」
ベッドから飛び出した美月は、頭をぶんぶん振って涙を振り払うと、
枕元に揃えてあったジャージを掴んで部屋を出た。
普段は落ち着いているはずの美月でも、体を動かさずにいられなかった。
夜の道場。
誰もいないリングの、コーナーポストの上に美月は立っていた。
「高い……」
練習も含め、コーナーに上ったのは初めての経験。
今まで自分のスタイルとは無縁の場所だと思っていた。
大きく息を吸い込んで目を閉じ、美月はここから繰り出される技の数々を頭に浮かべた。
小早川は、両手を組んで祈るように掲げ、飛びながらその両手が股をくぐるほどに体を縮めた後、
今度は逆に思いきり体を反り上げ、突き出したお腹で相手を押し潰す。
空中での大きな屈伸と、着地後に両足がふわっと浮き上がる様子が見ていて面白いが、
いつかこの技で膝を痛めるのではないかと危惧されていた。
真帆も同じような技を使うが、同じ技でもこちらは無鉄砲さが強調されることになる。
小早川よりも強烈に体を反って相手にお腹を打ちつけるが、強烈過ぎて自分もダメージを受けるらしく、
痛みに体を丸めてうずくまり、フォールに入るのが遅れることが多い。
オーガ朝比奈やグリズリー山本などは、ただ飛んで相手の上に覆い被さるだけに見えるが、
彼女たちほどの体格ならそれで十分技として成立する。
また同じく大柄の森嶋の場合、高く飛び上がったあと相手を背中で潰す形で落下する。
これを一段高度にしたのが武藤めぐみで、空中で前方に回転して背中から落ちるが、
回転しながら体を反る飛行姿勢が独特で、一転して優雅な技になっている。
ノエル戦では出せなかったが、榎本綾の奥の手はシューティングスタープレス。
前方に飛びながらバク宙して相手の上に落下するこの技でデビューを飾り、それが天才と呼ばれる契機となった。
“火の玉ガール”菊池理宇を代表する技、ダイビングヘッドバットもコーナーから。
勢いよく飛び出して決めるのはもちろんだが、もう一つ両手を万歳にしたまま飛ばずに前へ倒れ込んで決めるパターンもある。
一通り記憶を辿ったあと、美月はまた大きく息を吸い込んだ。
「……っ!」
勢いに任せて空中へ飛び出し体を丸め、そのまま前へ一回転と4分の1。
(できた……!)
と思った瞬間、体の正面からマットへ激突した。
最初から誰もいないのだから、どうあっても自爆するしかない。
「痛った……」
赤くなった鼻をさすりながら、美月はゆっくりと体を起こす。
「こんな時間に、何してるのかしら」
そんな様子を外から見ている者がいた。