「グリンゴキラー+フットスタンプ」 相羽和希&杉浦美月VSジョーカーレディ&マリア・クロフォード
二人が『勝つならここ』と意気込んで対戦する相手は、マリア・クロフォード&ジョーカーレディ組であった。
海外のそれぞれ別団体から来たレスラー二人が、組んだというより余り物同士で組まされた感のあるタッグであり、
その他のチームがゴールデンペアやらジューシーペアやらの強豪ばかりであることを考えれば、
美月たちがここに賭けるのも自然なことではあった。
『♪ワンコイン渦巻くChance……赤か黒かOne more chance……』
富沢あたりが曲名だけで勝手に選んだらしい入場テーマに乗って、ジョーカーとマリアは花道を歩いてくる。
その間、互いに顔を合わせるようなことはない。
「やっぱり仲が良いわけじゃないみたいだね」
「そこに付け入るスキを見つけるしかありません」
それぞれ対角のコーナーに上って客席へアピールしている二人を場外から見上げつつ、
仲の良さはともかくタッグ経験では五十歩百歩の美月と相羽は、いまだ希望的観測を持ち続けている。
「ふんぐっ!」
先発の相羽とジョーカーが真正面から組み合い、そのまま動かない。
体格と気合で負けていない相羽は、先制のトーキックを入れてジョーカーを一旦ロープへ押し込み、反対側へ飛ばした。
「せいっ!」
跳ね返ってきたジョーカーの顔面へ打点の高いドロップキック。
(お、今日は気合入ってるな)
と、ドロップキックを見ればその日の調子がわかるというコアな相羽ファン(数人)も納得の一発を決めた相羽が、
拳を突き上げて勢いづいた。
しかし、仰向けに倒れたジョーカーを引き起こそうとしたところで、下になったジョーカーがサミング。
「あうっ」
「今度はこちらの番だな」
ジョーカーが怯んだ相羽の鼻を思いきりつまみ上げ、そのままマリアの待つ赤コーナーへと連行していく。
こうしてこの試合の相羽の見せ場は終わったのだった。
試合開始から十分経過。
(どうしたもんですかね)
なんと美月は、未だリング内に足を踏み入れていなかった。
対角線上で一方的に痛めつけられるている相羽を、ただただ見ていることしかできなかったのだ。
(甘かったかあ……)
別に気が緩んでいたわけでもなく、認識が違えば結果が違ったとも思えないが、美月としては反省せざるをえない。
経験のなせる技か、それともヒールの思考というのは国境を越えて共通するものなのか、
初めてタッグを組んだはずのジョーカーとマリアは完全に息が合っていた。
それは互いの連携がどうというレベルの話ではなく、例えばジョーカーがコーナーに座り込んだ相羽の顔を踏みつければ、
注意しに来たレフェリーとジョーカーが揉めている間、ロープの間から伸びてきたマリアの足が代わりに相羽を踏んでいるし、
逆にマリアのサソリ固めに捕まった相羽が必死にロープへ手を伸ばせば、やはりジョーカーがレフェリーの注意を引きつけ、
ロープブレイクまでの時間を引き延ばす。
反則混じりではあるが、二人の動きはとにかく噛み合っていて無駄が無かった。
やはり組んだ機会が無くとも、小悪党というか頭脳派のヒールとして互いに通じるものがあるのだろう。
最も巧妙だったのが、一瞬の隙を突いた相羽が脱出に成功し、
青コーナーから必死に伸びていた美月の手に飛びついた場面。
相羽と美月の手は確かに触れたはずなのに、コーナーから飛び出そうとした美月はレフェリーに阻まれて押し戻され、
タッチしたはずの相羽はジョーカーに引き摺られて再び赤コーナーへと連れて行かれた。
これは、タッチが成功しそうだと思ったマリアがエプロンからレフェリーの服を掴んで注意を引くことで、
実際にタッチした瞬間から目を逸らさせていたために起こったことである。
美月がどんなに抗議しても、タッチしたところを見ていないレフェリーは交代を認めず、
その間に相羽はマリアが持ち込んだムチを使って首を絞められていた。
巧妙に悪事を重ねる知能犯の前に、リング外の美月はどうすることもできない。
反則混じりの攻撃にはブーイングが飛ぶと同時に相羽を応援する声も高まって、
相羽もそれに応えようと必死になって立ち上がるが、
その辺もまたマリア&ジョーカーの嗜虐心を煽るらしく、結局いいように弄ばれてしまう。
観客から見れば、もうどう足掻いても逆転の目は無いと思われた。
しかし、芸術的なほど巧妙に立ち回る頭脳派ヒールの行動は、美月の頭にも刺激を与える結果になったようである。
(レフェリーの見たことが全てだというなら……!)
さらにしばらく相羽の耐える姿を見続けたあと、ついにチャンスは巡ってきたのだった。
ジョーカーが相羽をロープに振った際、客席から一際大きな野次が飛び、それにジョーカーがほんの少し気を取られた。
その間、美月は左手でタッチロープを握ったまま精一杯右手を伸ばし、ロープへ飛ばされた相羽の背中にそっと触れる。
これをレフェリーは見逃さずにタッチの成立を宣言しているが、他のところに気を取られているマリアとジョーカーは気がつかない。
勝負が決まったと見て、いくらか集中が切れていたのかも知れない。
といって、ここで普通に美月が交代したところで、パートナーが既に使い物にならない以上、
相羽がやられたことを今度は美月がやられるだけである。
「さて、そろそろ終わりにしようか!」
跳ね返ってきた相羽の鳩尾へ爪先を蹴り込んで悶絶させたジョーカーは、そう言いながらコーナーのマリアと視線を交わした。
続いて上半身を前傾させた相羽の上に自分の背中を預け、それぞれ左右の腕を絡ませる。
そこからぐるりと体を横に回転させて自分が下になると、腕を絡ませたままで背中を起こして立ち上がった。
こうすると、立ったジョーカーの背中に逆さまの相羽が張り付いている形になる。
この状態から尻餅をつくことで、相手を頭からマットに叩きつけるのがジョーカーレディの危険技だが、
「そのままだ」
いつの間にか赤コーナーに上っていたマリアが短く指示を出した。
そして動きを止めたジョーカーの背で、足を垂らしてコの字型になっている相羽のお尻目掛け、コーナーから飛ぶ。
マリアの両足が相羽に乗った瞬間にジョーカーも尻餅をつき、都合三人分の体重を乗せて相羽はマットに突き刺さった。
(うわぁ……)
それを見て心の中で相羽の無事を祈りながら、美月はそっとリングを離れる。
「うう……首が縮んだかと思った」
「大丈夫ですか?」
美月が相羽に肩を貸しながら花道を帰って行く後ろで、マリアとジョーカーが物凄い剣幕でレフェリーに詰め寄っていた。
二人とも怒り過ぎて完全に母国語で怒鳴っているため、何を言っているかほとんどわからない。
「え、勝ったの……?」
「言ってみれば頭脳の勝利です」
そう言いながら、美月は花道脇の観客に自分のこめかみを指して小さくアピールしてみせる。
相羽が撃沈されたあと、もちろんジョーカーはフォールに入った。
しかし試合権利が美月に移っているため、レフェリーはカウントを入れない。
それに文句をつけたマリアとジョーカーがレフェリーと揉め始めた後ろから、客席から調達したイスを持った美月が忍び寄った。
そしてジョーカーだけが気づいて振り向いた瞬間、持っていたイスを放り投げて大きく後ろ受け身。
いかにもイスで殴打されましたというふうに額を押さえてぐったりして見せたところで、
その様子に気がついたレフェリーが即座にゴングを要請し、まんまと反則勝ちを成立させたのだった。
「目には目を、ってね」
こうして初戦を白星で飾った二人だったが、このあとは事前の予想通り一勝もできず、
さらに最終戦でそれぞれマリア、ジョーカーとシングルが組まれてしまうのだが、
とりあえずこの日だけは意気揚々と引き上げて行ったのだった。