「ブレーンバスター」
「むぅ……」
珍しいことに、相羽が腕を組んで唸っていた。
「野菜を食べないからです」
「へ?」
「食物繊維を取らないからですよ」
「……何の話?」
悪意の無いスルーをくらった美月は、ただ黙って肩をすくめる。
「何でもありません。それよりどうかしたんですか?」
「あ、うん。そろそろ新しい技を覚えようと思って。
やっぱりこう、独創的で説得力があって誰にも真似できない大技を……」
「ブレーンバスターがいいですよ」
語りに入りかけた相羽を美月の断定が止めた。
「な、何で?」
「和希さんらしいから。言い換えれば普通だから」
「………」
「まあ半分は冗談ですよ。それにブレーンバスターといっても色々ありますし、
必ずしも皆が使う一般的な技というわけではありません」
ぶすっと膨れた相羽の頭をポンポン叩きながら、美月は眼鏡を押し上げて説明を始めた。
「ブレーンバスターにだって他の技と同じく様々なバリエーションがありますし、
当然使い手それぞれのクセがあります」
「他と比べてあんまり意識されない気がするけどね」
「例えば中森さんのは高速ブレーンバスターと呼ばれています。
その反対というか、滞空ブレーンバスターと呼ばれているのが来島さん」
重心を低く落とした状態から素早く背後に反り投げるのが中森のブレーンバスター。
見た目の派手さより確実性を求めた形と言えるかもしれない。
対して来島のブレーンバスターは、相手を持ち上げきった地点でぴたりと静止、
相手をマットへ垂直にした姿勢を保つことで自分の力を十分にアピールしてから、
一気に背後へ倒れて相手の背中を叩きつける豪快な技だ。
「そうだ、美沙ちゃんの掛け方は変わってるよね」
「あー、まあ独創的というか横着というか」
美沙の場合、一度浮かせた相手の身体をトップロープの上に投げ出し、
ロープの反動を受けて背後に投げきる珍しい形を使う。
「あとはロコモーションと雪崩式ですかね」
「八島さんの雪崩式は高っかいよね~……」
投げたあとも相手を放さず、そのまま腰を切って勢いをつけつつ立ち上がり、
すぐに二発目、三発目と続けるロコモーション式のブレーンバスターはAGEHAの得意技。
三連続で投げてから屈伸式のフライングボディプレスに繋ぐのがお決まりのパターンである。
雪崩式の場合セカンドロープから投げる形が一般的だが、
ヘビー級の体格でありながらこれをトップーロープに上って放つのが八島。
ロープまでの高さに八島の身長を加えたその落差は、見ているだけで痛みが伝わるほどだ。
「ところで垂直落下式は?」
「もちろん忘れていません。が、その前にその『垂直落下式』という呼称は正しくありません」
「へ?どういうこと?」
美月は、横でコタツに入ったまま寝ているノエルが枕にしていたクッションをそっと抜き取ると、
それをコタツテーブルの上に置き、向かい合った相羽の方へ身を乗り出した。
釣られて身を乗り出して来た相羽の頭を両手で掴むと、少し勢いをつけて顔面をクッションへ押しつける。
「ぶっ」
「はい、この技の名前は?」
「……え?う~ん……フェイスバスター?」
「そう。顔を叩きつけて攻撃するからフェイスバスター。当たり前の話です。
というわけで、ブレーンバスターも本当はブレーンを痛めつける技でなきゃいけないんですよ」
「ブレーン……って何だっけ?」
「brain、つまり脳みそのことです。要するに、本来は頭から落とす垂直落下式こそが正しいブレーンバスターの形なんです」
ちなみに垂直落下式の使い手も数多いが、代表的なのは伊達遥。
長身と相まって非常に見映えがよく、さらに落差がついて威力も高い。
「山本さんとか使うよね」
「いや、あれは落とす時のステップがDDTだからブレーンバスターじゃない!……って本人が言ってました」
「ふーん。あ、そういえばこの前から来てる外人さん、かなり危ない落とし方してなかった?」
「ああ、ザ・USAでしたっけ?アレは何と言えばいいのか……」
ある意味最も危険なブレーンバスターを使うのがUSAで、
彼女は雪崩式ブレーンバスターの状態から身体を捻りながら落下し、相手の頭をなんとコーナーポストの上へ垂直に叩きつける。
ただしここまで凝った技になると滅多に決まらず、目にする機会のほとんどないレア技と化していたりするのだが。
「ま、やっぱり普通のブレーンバスターがいいと思いますよ。普通の体格の和希さんなら」
「むっ……」
普通以下よりは普通の方がマシじゃあないか、と、相羽のふくれっ面をつつきながら、美月は思ったりした。