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「入場」

 とある寮の一室、いつもどおりの三人組。
「ふあぁ……美月ちゃんは最近ゲーム好きだねぇ」
 寝ているノエルと起きている美月の、そのちょうど中間状態にある相羽が、欠伸をするついでに声を上げた。
「遊んでいるのではありませんよ。ゲームのエディット機能を使って勉強しているのです」
「何の勉強?」
「“将来ドームのメインを飾る際に入場演出をどうするか”について」
「………」
 数十秒後、安らかに目を閉じようとしていた相羽の肩を美月が掴んだ。
「……たまにはボケとツッコミを交代してもいいと思いませんか?」
「……そのボケはわかりにくいよ」
 一つ大きな伸びをして、相羽はコタツの上に身体を起こした。


「あ、入場と言えば、ソニック先輩のアレってどういう仕組みなのかな?」
「私にもわかりません。社長に聞いても教えてもらえませんでしたし」
 ソニックキャットの入場、というか登場シーンでは、
 入場ゲートの背後に設置されたスクリーンの映像からソニックが直接飛び出してくるように見える。
 アニメとのタイアップならではの凝った演出であった。
「あと八島さんのバイクって自前?毎回違うみたいだけど」
「基本的に自分のものだそうです。たまに現地のディーラーが貸してくれるなんて話もありますが」
 八島はバイクに跨ったままでステージの上に現れ、リングの回りを一週してから停車する。
 花道の長い大会場ではスピードも出せるため、その迫力が一層増した。
「ちなみに市ヶ谷さんのリムジンも自前だそうですよ」
「まあ、あの人はね……」
 花道の側までリムジンで乗り付けるのが市ヶ谷お嬢様。
 色んな意味で他の誰にも真似の出来ない入場である。
 ちなみに市ヶ谷を意識してか、過去に一度だけ祐希子がスポーツカーを自分で運転しながら現れたことがあったりするが、
 あわや大惨事というほどの危険運転だったためにそれ以降は封印された。
「市ヶ谷さんで思い出しましたが、アメリカのお嬢様はまた変わった演出ですよね」
「ローズさん?あれ試合してる時間より入場にかける時間の方が長いと思うんだけど」
 普通、選手入場時のスクリーンにはこれから入場する選手を紹介する映像が流されるが、
 ローズ・ヒューイットの場合は何故かまず控え室の扉が映る。
 専用の控え室の扉が二人のメイドによって開かれ、そこから無駄に優雅な足取りで入場したあと
 更に花火やら何やらの演出があり、試合そのものはほとんど一方的に秒殺して終わるというパターンが多い。
「あ、ところでさあ、越後さんって最近何か嫌なことでもあったの?」
「後輩の指導にうんざりしたとか何とか。まあ噂ですけど」
 つい先日、越後は缶ビール片手に客席から現れ、自分のテーマ曲を観客と一緒に口ずさみながら練り歩き、
 缶ビールを飲みながら竹刀で自分の頭を叩いて入場したあと、イスや竹刀を使った無茶苦茶な試合をして帰って行った。
 が、いつもの地味な越後よりむしろこのスタイルの方が好評だったようである。
「後輩って富沢さんとか?あの人の入場も……」
「誰か録音して本人に聞かせてやるべきです。続けてると確実にファン減りますよアレ」
 マイクを持ってアニソンを歌いながら入場する富沢だが、歌そのものは観客が耳を押さえて頭を抱えるほどのレベル。
 ついでに著作権的な意味で社長も頭を抱えているが、本人に止める気はないらしい。
「止めた方がいいと言えば、十六夜さんの時の花火は法的に大丈夫なんでしょうか?」
「あれはホントに恐いよね……」
 十六夜が入場したあと、掲げた両手を振り下ろすと同時に四つのコーナーから轟音と共に火柱が上がる。
 目測2m近く上がっている火柱は、消防法などと照らした場合にどうなのか怪しいところだ。
「ついでに恐いと言えば、私は滝さんの入場が一番恐いです」
「ええ~、あれ一回やってみたくない?」
「いや……あれだけは……」
 滝は大会場で試合をする際、たまにワイヤーに吊られて空から入場してくる場合がある。
 これが似合うのも滝ぐらいのものだろう。


「まあドームとか言わないまでも、いつかは自分だけの入場スタイルで大歓声の中を……」
「でもまずは人気と実力が伴わないとね」
 珍しく夢見がちに遠くを見つめる美月に釘を刺した相羽は、さも『言ってやった』というような顔をしている。
(む、むかつく……)
 美月は無線式のコントローラーを握り締め、投げても壊れないかどうかの確認をした。